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2004年01月のセビリア発信・つれづれ草
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●2004年01月31日(土)

およばれにも行けず...


今週は月曜日にせっかくエンリケ・モレンテの受賞に招かれていたのに行かれなかった。
前に住んでいた家に招待状が届く。
後に住み始めた人が、セビリア市から立派な郵便が来てますよ、とわざわざ知らせてくれるのに、取りにも行けない。
車でたった五分だ。

エンリケ・モレンテにパストーラ・パボン賞が贈られると言う式典だった。
当然感謝を込めて何か歌うに決まっている。
パーティもあるからいっぱいアーティストが招かれる。

先月は、マラガにホテル付きで招待されていたのにやっぱり行かれなかった。
カルメン・コルテスのイベントだった気がする。

その他、コンクールに生徒さんを出してくださいというのはスペイン中のオーガナイザーから毎年いっぱい届く。
クリスティーナ・へーレン財団(この人はアメリカ人ですよ)のとか、各市町村のものなど。
「生徒さん」はちっとも出ないから、先生が出てしまおうかと思うくらいだ。

スペインのコンクールは日本と違って旅費も出してくれる。
オフィシャル・カンタオールとギタリストがちゃんと用意されていて、行けばいいだけになっていたりするのも多い。
ただし優勝したかったらこれはダメだ。
コンクールというのはしっかり準備して行かないといけないので
自分のクルーを連れて行かないといけない。
実際にあった事だけれど、ギタリストからカンタオールまで全員、月給で契約してしまい、雇用関係を確固として結んで優勝した人もあるくらいだ。

もう一つ日本と違うのは、コンクールに年齢制限とかプロ、アマの区別をつけない事だ。
プロを除外すると途端にレベルが下がるためだ。
だからスペインのコンクールにはプロがどっさり出る。どちらかと言うと素人は滅多に出ない。

共通なのは八百長もいっぱいあるということだ。
始めから誰にあげるか決まっていることがとても多い。
そういう保障の元に出たりする。
あるいはオフィシャルギタリスト、カンタオールの愛人とか、審査員にコネのある人。
こんなのはどこの世界も同じだ。

さてと、
グワヒーラスがいい感じに振り進んでいる。
ただ、
最後のエスコビージャで苦労している。もう三日になるのに決めれない。
18通りくらいできてしまう。きっと20通り、35通りになるんだろう。

人に振りつける時は早いのに、自分のになるとどうしても最後まで決まらない。
ああ、いい加減に決めたい。
もう31日だ。あと一週間しかない。
明日には絶対に終わらないと。溜息だ。

●2004年01月30日(金)

稽古ができない日、衣装の日

今日は一日、衣装で潰れた。
おまけに疲労困憊。
これが分かっているから、なかなか発注に行く気がしない。

たった三着の衣装の、もう色は決めてあるのに素材生地を決めるだけで三時間もかかり、
デザインは決めてあるのに、ほんのボタン位置、ほんのフリル巾、
ほんのスリットを何センチにするかで、三時間かかってしまった。
しかも二着しか結局はっきりしなかった。

何センチのくり、何センチの付け位置、というのまで細かく私はデザイン画に入れてくる。
お客が店の製作ノートにデザイン画まで描いて行くのは数いるクライアント中、私だけだと言う。
肩をすくめて、一目散に描き込む。
見本生地まで絵の横に針で止め付けて来る。
(ここまでやっても白い筈の物が、赤で出来てきたりする恐怖がまだ残る)

「いつまで?」
「すぐ作ってぇ! 急ぐの」
んーーーーもう、て顔になる。
じゃ、なんで早く来ないのよ、だ。

「この二着は絶対に急ぐからやってぇーーー10日あげるから」
10日ですってぇ?

ここからすったもんだ。
土台と主な所だけでもいいからやって。仕上げの首周りと胸の辺りは
自分で気の済むようにやりたいから。
それなら簡単でしょう?
ちゃんと生地まで買って来てるじゃない。時間節約のためにぃ。
ここを先途と頑張る。

........あと五日足されてしまった。
ま、仕方ないか。

それでも去年から注文している人をみんな押しのけて入れてあげるのよ!!と恩まで着せられた。
誰かと言うとべレン・マジャとかラフアエラ・カラスコ達。苦笑。

確かにすごい注文数。
製作ノートは先の先までいっぱいだ。
その間のページの、日付も直近に、私は図々しく割り込んで描いてくるのだ。

「値段は?」
「心配しないで。いつもあなたには特別にしているから。....でしょう?」
....................とうとう言わない。
いつもあなたはこれだから、特別料金を上乗せよ、と聞こえた。

今朝選んだ三着目の生地が、私の目的のためには明るすぎると言われてボツになった。
どうかなぁ、と自分でも迷っていたら、専門家にはっきりとどめを刺されてしまったのであわやダブル巾五メートルが
お蔵入りになった。
無念。また一から選び直しだ。

アポイントしてやって来た次のお客が(私は飛び込みなので本当はいてはいけない客)
どうしてもベルベットの衣装が欲しいと言っているのを、デザイナーがダメだとかき口説いている。
マヌエラ・カラスコのでも見たに違いない。どうしても欲しいと言ってきかない。

「あれはね、生地の重み自体ですそが下がって、ふんずけて、つまづいて大変になるわよ。
例えばマヌエラみたいに腰が大きくてスカートが脚からいっぱい離れる人はいいんだけどね」
デザイナーの助っ人になってあげる。
招かれざる客の私は、洋裁に詳しいからフォローしてあげないと。
製作者のNOはお客が信じにくい。
でも別の客のいう事なら少しは信じる。

やっと諦めた。
デザイナー、こっちを向いてこっそり目をくるん、と回す。

ああ、前途多難。思い通りの生地がない。
でも、一つだけ、夢のように美しいアンティックレースを見つけた。
惚れ惚れするような古色蒼然たるチュールに、繊細な刺繍がしてある。
大きな舞台ではどの道ここまで見えない。
でも、着ている私はそれを知っている。
これが大事なのだ。
知っていて感じている、と言うのが。


●2004年01月29日(木)

もう29日だ、焦る!

何だかスタジオから一歩も出ないうちに日が暮れるどころか
みんなが寝静まってしまう。
赤い靴のフラメンコ版だ。
クル病になるぞ。明日はなんとかしないと。

水泳娘が、学校から帰るなりこう言った。
「クラスの男の子に、街で不思議な女性を見かけたんだけど、
あれは絶対に君のお母さんだろうと思うっていきなり言われた」

「???」

「その子がね、メルカドナに黒いレースがいっぱいついたスカートに
マカロニウエスタンみたいな黒に刺繍のブーツ履いた、髪の長いフラメンコっぽい人がいたから
これが噂のノエリアのお母さんだろうってピンときたんですってよ」

何よ、その、「噂の」て.....何がどう噂なのよ(笑)

最近、稽古着のままどこにでも行ってしまう。
もう、何とでも思えっていう感じだ。

日本に居る時もいつでもそのまま遅刻しても(だって良く都内の時間を読めなかったりする)
すぐにスタジオに着くなり踊れる物しか着ていない。

だいたいフラメンコ風の長いスカートはいつも私の好みだし、筋肉を冷やさないために絶対に昔からミニスカートも半端な膝丈スカートもはかない主義だ。
パンツ姿だとオールインワンのロック風に飛ぶ。

うちの娘はあんな事を言って人を揶揄するが、本当は友達に自慢で仕方ないのだ。
クラスメートのお母さん達はスペイン人だから、30代でも私よりずうっと老けている。
オールインワンのパンツ姿の人なんか勿論一人もいない。

友達がみんな羨ましがるので、彼女は密かに日本人に生まれて良かったと胸をなでおろしているのだ。
ノエリアのお母さんはいつも素敵な靴を履いてるのよねぇ、うちのママなんかおばあちゃんの靴を平気で履いて行っちゃうのよ!とこぼされるという。
素敵な靴?........うーーん意識していなかったなぁ....
じゃ、今度から良く気をつけてその記録を保持しないと!!

日本の女性はね、スペイン人の抜群の美女には10代では負けるけど、後はこっちの勝ちだから、て私も密かに励ます。「私達日本女性は長距離ランナーだから」と言って、娘達を笑わせている。
そう言えば
彼女らが喜ぶような服ばかり買うので、真面目なスーツなんていうのが一つもない。

最近は体育館関係のワードローブが急速に増えつつある。
大胆な色使いのトレーナーだとか白い上下とか。
こういうのを着ると、いっぱしの体育関係者に見えたりする。
それに新体操の「振り付け家」のライセンスもビクトリアが申請した。
体育連盟とかそんな所に提出されるらしい。
だから益々体育館でカッコ良くないといけない(ばかばかしい今日のエッセイの成り行き。目を覆わんばかり)
何せ、振り付け家だからカッコから入る(爆)

と、言うわけで、クル病寸前の私はこのページにリラックスに来る。

ママぁ、どうでもいいけど、その稽古着もう違うのにしない?
黒いレースのスカートは暫くお蔵入りにして、違う稽古着にしろと言ってうるさい。
ま、それもそうかな。
明日は太陽に当たらないと!!

●2004年01月27日(火)

振り付け

そう言えば、先週、クリスティーナ・オヨスがアンダルシア舞踊団の監督に就任したらしい。
となると、どうなるのかな、彼女の舞踊団は?
丸ごと組み入れかしらん?
ホセ・アントニオはどうしたのだろう、もう引退だろうか。

ラモンも何かこれを言っていたけど稽古中だったので聞き漏らしてしまった。
今日はデイエゴも言っていたけれど、昨日考えついた振りの実験に夢中で上の空だった。

アダージオの実験は一人ではできない。
デイエゴはうってつけなのだ。
こんな風にできるかやってみたいの、と言うとすぐに理解して協力してくれた。素晴らしく上手く行った。
デイエゴはとっても親切だからこういう時に損得無しに何度でも付き合ってくれる。
去年からろくに会っていなくて、体育館の入り口から投げキスくらいしかできていない。

「アキコ、君の影すら見なくなってしまった。僕を捨ててどこに行ってるわけ?」
「あなたが必要なの、ダーリン、ちょっと力を貸して」
気の置けない友達同士だからいつもこんな軽口をたたいてふざけている。で、いいよ、と言うので実験に借り出す。
子供達が何やっているのかなぁ、と見ているのも構わず、マットを借りて踊り出す。色々とコツも教えてくれる。ヒントになる。
有頂天になって、振りの推敲を重ねている時だ、確かクリスティーナの就任を話題にしたのは。

クリスティーナは振り付けができないという評判の人なのだけれど、本当に監督がやれるのかな。
振付師は別にいるのだろうか。

自分が踊り手として優れている人と、振り付けができる人というのは必ずしも同じ人間でない事があるみたいだ。
そういう意味でクリスティーナほど興味深い人はいない。
彼女は振付けられない、というのを随分聞いている。
ただし、この目でできない所を目撃していないから何とも言えない。
今度、ご本人にお話を聞きたいと思う。
うちから目と鼻の先に住んでいるのだ。


●2004年01月26日(月)

アダージオのフィニッシュ

ああ、やっと一分ちょっとのクライマックスのデッサンが出来た。
幸福な気持ちに満たされる。
そのほんの少し前までは地獄だ。

アダ−ジオがある。
イメージを伝えたら、ギタリストがものすごい作曲をしてきた。

始めの一コンパスで不覚にも喉がつまりそうになった。
なんだかこんな風に人を愛した事を、まざまざと思い出してしまったくらいだ。

胸も詰まって気が遠くなる。
だからもうそのままで冒頭は振り付けはしないで自然に任せた。

この僅か三分の曲には三つの展開部があって、その最後のクライマックスをどう持って来るかで
一週間も模索していた。
ラモンは私にいらついて早く振付けたいと思っていたみたいだ。
お願いだからここは一人にして考えさせて、と懇願して振り切ってしまった。
で、一週間一人でやっている。

こういうのは私の独断上だ。
これは私の曲だもの、て。つまり、こんな風に胸にずしんと来る物は人に渡せないのだ。

イメージはあっても落書きみたいに形を成さない。
そこからいっぱい描いて(つまり、踊って)骨子を作る。
そして難しいフィニッシュを紡ぐ。
最後には絶対に出きると確信しているけれど間はやっぱりとても苦しむ。

ここで衣装はどうなっているかと検証する。
衣装は私の皮膚だから同じように呼吸しないといけない。
色は大事だ。
何色で踊るかはとても大切な要素だ。
髪はどうしようかとまた悩む。

全部にちゃんと答えが出た。
これでこのシーンはまずは完成。
ラモンが異議を唱えると嫌だから、うんと踊り込んで魅了してしまうことにする。
完璧になっている物は崩しがたい。そこが付け目だ。

マルテイネーテを踊りこんでいると、水泳娘が飲み物を作ってスタジオに入って来た。
目で合図して見てろと言う。
うなずいて最後まで見てくれたので、どうだった?
いい出来だと言う。

この子はこんな風にあっけないのだけど、その批評眼はかなり辛らつだから信じてもいいかな、とまずは思う。

重い二曲は磨きをかけるばかりになって本当に嬉しい。
あとは気になる点を研磨して行き、毎日踊りこむ。
こうなると稽古は楽しい。

音楽が本当に素晴らしいので、ここまで踊り手で生きて来て冥利に尽きるとさえ思う。
何度踊っても飽きない。

グァヒーラスを全く新しくしようと思っている。
あれは私の曲だ。あれでかつてソリストとして認められた。
今は亡き、フアルーコファミリーの歌い手(フアルキートの父)、エル・モレーノが昔、
ロスガジョスに出た時にこれを歌ってくれてとても褒めてくれた。

何色で踊ろうかな、と又悩む。

土曜日に見かけたレースが気になって仕方ない。
早く衣装を発注しないと、セマナ・サンタとフエリア、ロシオ祭りが続け様のこの季節は危ない。
靴でさえ一ヶ月もかかると言われてしまった。
早くデザイン画を描いてしまわないと............

きーーんと冷えたVino Blanco、Muy Seco。
こんな風に興奮している時は、熟睡にこれ!

●2004年01月24日(土)

寡作のアントニオ・ガデス


あの素晴らしい男性舞踊手のアントニオ・ガデスが
自分を語っていたのを聞いて意外の感に打たれた事があった。

つまり自分は生涯に二つの作品しか残さなかったと言ったのだ。(解散、引退してからまた作ったフエンテ・オベフーナの出る少し前のこと)

えーーー?たったの二つ???

私は耳を疑った。
それもあの、カルロス・サウラのカルメンと、ボダ・デ・サングレだと言うのだ。
二作ともほとんど晩年の作だ。
実際は、これに恋は魔術師が加わるかも知れない。
でも、合計四作としてもほとんどみんな引退が間近になってからの作だ。

ガデスは若い頃にカッコ良くてカッコ良くて、今の誰とも比較できないような大スターだったから
ああいう俳優に近いくらいの人気と名声を持った人が、たったこれだけで何十年も世界を回ったのかと
びっくりしたものだ。

私はガデスが若者の頃を知らないから実感込めて語れないけれど
彼のホタなんかはしびれるくらいに素晴らしかったらしい。
そうだろうと思う。
あの人気女優のマリソルと結婚して、人気と名声は2倍になるのだけれど、スペインのガデス、ガデスのスペインというくらいに卓抜していた。
生きながらにして舞踊史に残る人には違いない。

そういう無敵の彼でもセビージャには滅多に公演したことがなかった。
彼の舞踊団のトップで、もっともガデスに近い筋から聞いた話では、セビージャ人というのは酷評家ぞろいだから嫌だと言っていたらしい。

20年の間に確か二回くらいしか来なかった。
驚くべき記録だ。

何せあの酷評家のマテイルデ・コラールはいるし、観客席はことごとくアーティストで埋まるのがここだ。
それも他の土地の人のことは良く言わない皮肉屋ぞろいと来ている。
こんな魔女窟みたいなところになんか来たくなかったろう。
もっと素直で率直で純真な外国人の観客の前に立つ方がずっと晴れやかだったに違いない。

スペイン人のメリットは寡作で通すことができる点だ。
これが日本と正反対の実態だ。

日本はどうしても目先の変わった物を、次々に出し続けないといけない。
スペイン人は同じ物をまた見たいと思う人が沢山いる。
この違いだけは歴然としている。

●2004年01月22日(木)

幼馴染の向こうを張れ!!


二週間の振り付け期間中ずっと、早くどっかに消えてなくなって欲しいと思い続けていた
共演者達だけれど、今日で五日彼ら無しでいるとなんとも言えずに淋しい。

しかし、稽古中でも相当なリズム展開でやっているけれど、
これは仲間全員で、ほとんど本番と同じ状況で稽古しているから出せる速度なのだ。
自分一人になると足がついて行かない。
みんなと一緒の時に自分がやっている自分の足でももつれそうでできない。

分かります?これ。

つまりみんなの熱気と迫力で、自分の力が限界まで出せているのだけど
こんな緊迫がない一人稽古の時には、どうしたら自分はこんな凄い速度が出せたろう???
と首をひねるくらいに早い。

けれども、稽古は稽古だから、これが本番の舞台になると彼らはもっと燃えるから
もっとできるようになっていないと危ないのですよ。
一人だけ死んでしまう。

物凄い実力の人達が全員で燃えると
詐欺師ーーーーー!!!というくらいのコンパスになるので
普段の実力の二倍は用意してかからないといけない。
これは鉄則です。

特に今回の場合はラモンと天才ギタリストは幼馴染なのです。

小さい頃からの親友で育ってきていると、もうこの二人の絶妙さは、
他人が入っていけないくらいになっている。
野球とかバスケという種類で二人で猛然とフラメンコして遊んで来ているわけですから
昨日今日結婚した相手なんかより芸の上では緊密になっている。

普通ならこういう人は使わないのが無難。
私は敢てやりたいと思う。それなりに覚悟を決めて。
絶対に負けない、という宿題を自分に課してみたいかな。

なんですかねぇ、膝を少し痛めてしまいました。
こんなのは初めてです。
足のフラメンコは体に良くない。せっかく女なのだから足は強要されないので
上体で生きるのに徹するといいです。

私は今回ばかりは冒険してみますが。
いつも同じではつまらない。
何か打開したいです。

岩崎さんに相談に行って来よう。
さぁて、また稽古だ。だらだらするのはやめよう。子供のように真面目にしよう!

●2004年01月20日(火)

未公開フィルム

昨日も晩になって稽古のビデオを見ながら反省していると
激しい踊りの後に次の展開が迫っているのに相手役の男性が
ポーズを崩そうとした。

思わず
QUITO!!!!
と私が叫んでいる。

これは警察が叫ぶと、動くな!!!のあのアクション物のセリフになる。

稽古中には気づかなかったのに、私がホールドアップ?を叫ぶと
途端に天才ギタリスト始め歌い手達全員が警察官の声音で各自ばらつきながら真似して叫んでいる。
御用、御用、
途端に高張りちょうちんで囲まれたおたずね者、というか、そんな緊迫場面になってる。
大笑いしてしまった。
まったくやんちゃだな、彼らは。

それにいつも稽古の時にどこからともなく不思議な鳥の声や羽ずれ、
夕日が落ちていくみたいな効果音が聞こえてくる気がしていた。

まさかぁ、空耳かなぁ、と思うともなく思っていたのだけど
ビデオに犯人が映っていた。
歌い手なのだ!!

感じの良い音楽に合わせて、彼の感性でもってなんだかコンドルが飛んでいくような雰囲気の音を
声音で入れたりいろんな事をして楽しんでいる。
しかも目立たないような特殊音で。

この人はきっとパーカッションも上手だろう。
不思議な人だ..........感心しながら一抹の愛嬌も感じた。

それに特殊な効果でここはきらりと光りたいの、なんてラモンと話しているその後ろで
きらりと光るとひまわりがはいはいして飛び出して来たりするよね、なんて言う。

この部分はあんまりおかしいので子供達に見せたくらいだ。
みんなでお腹を抱えて笑った。

ひまわりとは、くれよんしんちゃんの妹の赤ん坊で、
日本で教育上非常に問題のある漫画としてレッテルを貼られたこのアニメは
スペインでは爆発的人気で、4月のセビリアの伝統ある春祭りのフエリアではしんちゃん一色に塗られた感じだった。
子供だけではなくて大人も大好きで、ほとんど国民的英雄になるのでは?という人気なのだ。
夜九時の夕食コールデンタイムに放送されるこの漫画のために、
スペイン人はその前後の時間になんだかそわそわするくらいだ。

ガソリンスタンドにはしんちゃんのポテトチップスがどっさり並び、
よって宝石と光物の大好きな赤ん坊のひまわりまで有名になっている。
こんな真面目な音楽家達でさえ、とっさに名前が出てきてしまうのだ。

不思議な現象だけれど、この日本語だと聞くに堪えない主人公の声は
スペイン語ではとても愛くるしい声優がやっていて、イメージががらっと違う。
この下品な漫画は、スペイン語になると本当に違う作品のように生き生きとする。
バーゲン好きの主婦といつでも女性に目移りしている父親は、スペイン人にはアイドルとして映るみたいだ。
日本のアニメの大洪水はスペインだけではないのだろう。
スペイン製のアニメをやらないくらいだから、その威力は簡単に想像できると思う。

稽古中の録画ビデオはとってもおかしくて、思い出になりそうなので全部消さずに持っていようと思う。

ラモンの力がすさまじいので、勢い余って私がバランス崩して床に倒れ、笑いながらぶち返しているのとか、
なんとかして!と抗議すると「手加減すると僕がなよっとしておかまみたいになるじゃないか!!」と言い返しているのとか、抱腹絶倒もののシーンもかなりある。

さてと、また油を売ってしまった。稽古だ。


●2004年01月19日(月)

今朝、ふと前日のエッセイを見たらこんなのが書いてあって
>私は、フラメンコはやっぱりものすごくアンティックなのが好きだ。

翌日には全然別のことを言っている。
まるで狂人のようだと読者は戸惑うに違いない(笑)

一日でがらりとシーン展開してしまう。つまりその位に激しい日々を送っている。
その位に激しい人達と毎日会っている。

ここ近年ずっと私は過渡期を生きていて
古いゆったりした伝統のフラメンコから本当に難しいモダンな取り方に移行しつつある。
芸が違ってしまうということではなくて、勉強の方向とかレッスンの過密さが違って来ると言う事だ。更に過酷になると言う意味だ。

ほとんどギタリストと同じ事が足でできないといけないわけだ。
つまりああいう切れ味の、ああいう速さの、ああいう洗練されたリズムの事だ。
リズムの構築に、神経と時間をいっぱい取らないといけない。
このやり方だと、振付師が必要なのではなくて、天才的に素晴らしいギタリストを始めの一歩から傍に引き寄せていて、そこから踊りを二人で作って行くのだ。音楽面、リズム面から検証する。

例えば今やっている振り付けでは、私が構想を話すとギタリストが作曲してくる。
他のパルマやパーカッションのアレンジは既に彼の頭の中にある。
踊りの中に三つの見せ場と展開を欲しいと話すと、バランスとしてここはどんなに長くても三コンパスであの端に行かないときっと台無しになる、などという的確なアドバイスをしてくれる。
私は図が見えるから、素晴らしいと感動してしまう。

実際、曖昧に自分の頭の中でここは長くしてはいけないとなんとなく思っている。
でもギタリストは三コンパスでこの展開にしよう、と言って音をくれる。
それだ!!!
で、私はもっと頑張れる。
それだ!!とあっちが言う。

そうして私が踊っているのを見計らって効果抜群の所で、パルマを一瞬引かせたり、強く出させたりの指揮を取ってる。まるで武将のようなのだ。
こうやって絶妙な音作りが私の踊りを見ながら作られる。

バルマもパーカッションも超一流だから、本当に何も説明しなくても絶妙な間がちゃんと分かっている。二分で振付ができてしまう。
あんまり早くて私の気持ちがついて行けないくらいなのだ。
で、もう今舞台に出ても平気というくらいの完成度でできてしまうのだけれど
振り付けはじゃ、そっちで推敲してね、という感じでできる。
推敲は大変だ。ここから私の戦いが始まる。本当はこのままでいいと思っている。
でもせっかくだから彼らに感心してもらえる物に高めたいと思ってしまう。

スペイン人のプロで相当の人が仲間でもこんなに完璧な事が二分で絶対にできない。
音作りに一ヶ月はかかる。だから彼らとの始めは、戸惑う事がとても多かった。
相手が何を欲しているのかよく分からなかったのだ。
一緒になって振り付けを手伝ってくれるという経験がなかったから。

例えば
その回転に入る前に0.01秒くらいの感じで止まれ、カッコいいぜ、みたいなことを言う。
コントラでもアティエンポでもない、そういうミクロのリズム感を有している人達なのだ。
だから普段ならどうでもいいと思って飛ばしてしまうようなこういう点に
私は拘ってずっと稽古している。
そこまで緻密にしないと彼らとバランスが取れないのだ。

嫌になってしまって、ギタリストの夫にこの音楽を聴かせてみた。
こういう凄い感覚の人達のフラメンコなんだけどね、ここにさ、マティルデ・コラールが登場したらどうなると思う?(自分のいつものスタイルを想定して聞いてみた)
それはそれで素敵かな?

一言、彼はこう答えた。
「いや、ただの豚になるね」

ぶ、ぶたぁ?
さぁて、こんなページで油売ってないで稽古場に行こう。

●2004年01月18日(日)

日曜日、今日も稽古だ!!

次回帰国3/5-15のチケットがもう取れた。
3月は、私が日本から帰ってすぐに私以外の家族全員が重要な競技会に出場になっている。

3/20に上の娘が水泳の選手権がかかっているし、同日に下の新体操娘はいよいよスペイン選手権に初出場だ。先ごろ遺言状を作らせたという気合の父親は、娘達なんか放り投げて自分がマスターズの水泳選手権にマラガ県はミハスで水しぶきを上げるのだそうだ。

こうやって私の家族は爺ちゃま婆ちゃまの応援団もなく、スペイン各地の競技場に一人で散って行く。私はリハーサルが入っているから誰にも応援できない。

三月に日本に帰っても、早朝のホテルから秋葉に毎日ジョギングして行って稽古しようかと考えている。
実際、今度の6月の舞台は今までしたことがないくらいのきつい舞台になる。
二部の舞台では私は六曲もこなす。オリンピック級だ。

一部でさんざん重い物を踊った挙句にだ。
こんな体力が本当にあるかな、と少し危ぶむ。
幕が開いたらほとんど出ずっぱりなのだ。きっと楽屋に戻る間もなく袖で早変わりに次ぐ早変わりに違いない。舞台の上でも裏でも相当な事になる。
筋力強く鍛えておかないと、ばててしまうだろう。

音楽は本当に素晴らしく、今までの芸能生活で一番の舞台になると思う。
何度聞いても涙がこみ上げてきそうになるくらいだ。

感情のコントロールを失いそうになるくらいに音楽は素晴らしい。
これはみんな私の台本に合わせて作曲してくれたものばかりだ。
こんな贅沢は滅多にできるものではない。
こうなったからには初心者のように捨て身で頑張らないといけない。

共演者というのは本当に予想がつかない。
当てが外れる事はいっぱいあるけれど思いもよらないくらいの天才肌の音楽家達で
しかも彼らが本気を出して
夜も昼もこれに関わって練り上げるなんていう事はあるものではない。

どうしてこうなっちゃっただろう!!!.....これが私の本心だ。
曲は素晴らしいし、展開部への導入もクライマックスも全くどこにこんなギタリストが隠れていただろうというくらいの達人だ。
長いスペイン生活でこんなミュージシャンと共演した事は一度もない。録音スタジオでだって滅多に見かける種類の人ではない。
スペイン国内のプロ中の一流プロの中でも、10人もいないくらいの天才肌だと確信している。

幕が開いて始めの五分の私の踊りでは、地の底から何かが這い上がって来るような感覚が湧き上がる。本当に凄い。魔術のように空間に霊気が充満するのだ。
体が勝手に踊ってしまう。
何も振りが決めれないくらいだ。

私は彼らが帰るとそのまま四時間くらいは呆然としてしまう。動けなくなってしまうのだ。
日本で2公演だけなんかで済ませたくない。50回は踊りたいと思う。
この全ての曲はみんな、私の発想に感応して作ってくれた珠玉の作品なのだから。
どんなに凄い音楽か、是非楽しみにしていて。広告に偽り無しよ、保障してもいい。
誰かがまずいとしたら、それは私だと思うくらいに彼らは超絶している。

●2004年01月11日(日)

細身のモダン、太めのアンティック


身辺がざわざわしていて落ち着かない。
家族はこぞってスポーツの大会に備えて訓練中だ。今週末は又水泳娘が大会だし、
この父親は今度ヨーロッパマスターズの大会(元水泳選手なので、まだやってる)に今年からいよいよ出場すると言う。
毎朝タイムを計っている。競技会も本気で出るつもりらしく、遺言状もやっておいたぜ、と言う。
ゆ、ゆいごんじょう?
えらく気合が入っている様子だ。

新体操娘はちょうど私が次回日本帰国する辺りに、スペイン選手権があるらしい。

私はまだ6月の振り付けに没頭している最中なのに、次の仕事のための構想とか企画に入ってしまっている。
フラメンコの合間を縫って、ジャズグループとのリハーサルにも行かないといけない。

こういう生活をしている最中には充実感なんていうゆとりはなくて、海に飛び込んでしまったから泳ぎ着かなきゃ、という必死の思いだけだ。
舞台に立っている時にも充実なんて贅沢なものはない。

多分、こういう素敵な感覚が湧いて出て来るのは、終わってしばらくしてからなのかも知れない。

 私は、フラメンコはやっぱりものすごくアンティックなのが好きだ。
古い、古い霊感の漂う、インスピレーションに溢れた黒い精霊のフラメンコ。
こう考えてみるとフラメンコというのは、同じジャンルの中で別物みたいだ。

このところずっと、それについて考えている。
私はたまたま、スポーツ系の家族に恵まれてしまって、自分もスポーツに深く入れ込んでいるので
本来ならアンティック専門のバイラオーラの筈なのに、有り余っているエネルギーのためにモダン系ができてしまう。だからジャズとも共演するけれど、これをしている時は別の自己表現なのかも知れない。
フラメンコと言ったら、自分の本当の専門はアンティックなのだ、きっと。

なんでこんな事を考えているかというと、スペイン人の踊り手だとせいぜい20代の前半くらいで
細身の体とはおさらばになって、みんなたっぷりとした腰のおでぶさんになる。
するともう、どう転んでもモダンなフラメンコになんか転向できないのだ。
で、ずっとフラメンコ・アンティグオに生きる。

私はスペインとしては驚異の体力だから、なんとなく境界線をうろちょろしている。
それでいつも忙しいのかな、なんて朝からぼんやり思考している。
こうなるとたっぷりとした体格になると、暇ができていいかもしれない、なんてバカも考えたりする。

今日は稽古の中休みで一日、やっと復習というか一息つける筈なのに
共演者達とまじめな打ち合わせが入ってしまっていて忙しい。
仕事の打ち合わせはどんなジャンルでも厄介だ。意見百出して大変だからだ。

お友達をよんであはは......という休日、バーベキューとかパエジャの休日だったらいいのになぁ、なんてつい、
無い物ねだりをしてみたくなる。

●2004年01月09日(金)

夕べも頭が冴え冴えとして眠れないのでいっそ起きようかと覚悟しかけたけれど
体がもたないからと頑張って眠る努力をした。
でもあっと気がつくとベッドの中で足ががたがたに動いていて、
これはいけないと思いつつやっと浅い眠りについた。

朝も暗いうちから起き出して稽古に入った。
彼らに来られるのを恐れるようにして、時計の針に目を走らせる。(血走らせる、のが真実だ)
心から来て欲しくないと思いかけてしまった。
少し貧血のようになってしまったくらいだ。

気を取り直して今日のソロパートを振付けていると、だんだん感じよくなってきた。
本当にソロコンパス・シリーズって有り難い。
♪236なんて速度があってくれるから、どんな人との練習でも赤恥かかずに準備できる。
最近はラモンやギタリストのホアンも、何か作るときの下地コンパスに使い始めている。
トマティートは全シリーズ持っていると言うくらいだもの。

だんだん大胆な振りにまとまって来たので、やっと人間らしい気分になれた。
キッチンに行ってコーヒーとレバーペースト付きのパンにかじりつく。
朝焼けだ。
彼らが来てもいいとさえ思えた。

それに今日は構成について徹底的に自分の意見を通せた。
立派な実力派を相手にしている時は、賛同が得られるくらいに素晴らしい提案でないといけない。
ちゃんと尊敬を持って受け容れられるためには、それだけの根拠がないといけないのだ。

各所が整備されて、本当にいい構成になった。
昨日の約束どおり、ギタリストがご機嫌な作曲をちゃんと仕上げて来てくれたので、又感動した。

幕が開く時からの最初の五分が今回の命になっている。

本当に曲が素晴らしい。
思い描いていた通りだ。
涙がこぼれそうになってしまった。

ラモンはじっとイスにかけて食い入るように見ている。

今朝、三時間も自習しておいたお陰でかなりの自信でやれた。

二人がいい感じだったよ、ぴったりだ、と言ってくれた。
「これで決まり?」とラモンが聞く。
「まだ序の口よ。これはほんの仮縫い。これからもっと良くするつもりなの。」
「そうだね、すごく良くなるね、きっと」本気で言っているように聞こえた。気のせいだろうか......
ものすごく的確なアドバイスもしてくれる。自分でもここは、と思っていた所をすぐに指摘する。
力のある人なんだな、て又思う。

二人がアップテンポにしてバルマで追い上げてくれると本当に素晴らしく出来た。

「明日、パロマを呼ぼう!!それで感じ見てみようよ。明後日はパーカッションも呼んで完全版で試さない?」
又遠くからアーティストを呼び寄せる算段になった。

本当にここまで上げてみると全員参加でどうなるか見たい。

彼らはいつも進め方を知っている。
本当に私は、欲している時にいい人と出会う。
これだけは運がいい。
そうして自分の限界はまた遠のくのだ。芸域が広がる。

6月にビデオ撮りしたら、後で自分で見ても失望しないものにするよう、全力を挙げるつもりだ。

で、今日のは.........? と期待してテープを見ると一挙に頭に血が上った。

もう、今日は寝てしまう!!
明日はもう一人の使い手が来る。
今日よりもっと早起きの予定だ。
でも、もうあんまり辛くない。少し光明が見えてきている。

●2004年01月08日(木)

音楽家としての振り付け

今日は濃い霧から小雨に変わって、とても寒い朝だった。
それなのに時間をたがえず
ギタリストはマラガから来てくれた。
本当に感心する。六時起きか何かに違いないのに。
私の経験では10人中9人のスペイン人は、こういう日に約束を平気で破る。

私はギタリストのためにストーブを別に用意しておいた。
ラモンにも毎日必ずピッチャーに水とオレンジを短冊切りにして用意しておく。
せめてもの心づくしだ。

来て下さって本当に嬉しいわ、とギタリストの冷たい冷え切った手を握った。
ここでは、既婚の女性はやたらとこういう事はしてはいけないのだけれど、こういうのは別だ。

実は私は、朝も暗いうちから練習していたけれど、時間が進むにつれて
焦りと絶望で気分が悪くなってしまった。プロ中のプロに感心されるような振り付けは
そんなに簡単にできるものではないのだ。

いざ稽古が始まると、あんまりうまいギタリストなので心から感激した。
前から知ってはいるのだけれど
こういう作曲まで関わって構築していくのは始めてなので、彼らの水も漏らさない音楽家ぶりに本当に心を打たれた。
一コンパスとか半コンパスの単位ではなくて、一音から始めるのだ。
音色にも拘るし、繋がりにもとても繊細だ。
本当に上手い。上手いなぁ.......

こんな風に微に入り細に入った音とリズム構築は、長いアーティスト生活でも経験がない。
第一一つ言うと、100くらい理解して先を行く。
もっといい音楽を探してアイディアを出したりしてくれる。
君のためにあとで、午後に作って明日までにやってくるね、なんて言うのだ。

あなたって本当に素晴らしいわ、と感に堪えずに言うとラモンもとても誇らしげにしていた。

それにちゃんと見ていてくれて、ラモンが「マッハのゴブラン織り」みたいな足を私に振り当てようとすると
いや、彼女は自分でやってる今の振りのがずっと効果的で美しいよ、て肩持ってくれたりする。
「そうよねぇ、こんなスピードでラモンのオリンピック足なんかやって青筋立てるのなんか嫌!」応酬する。

実際どうなのかな、
私はやっぱりスピードが最高になると人の借り物の車なんか運転できなくなる。
いざ事故に遭遇すると、運転手が自分の方にハンドルを切るように、人の振り付けはとっさの修羅場になると出来ない。いくらやろうと思っていても、無意識に自分の物をやってしまう。

是非、6月の舞台でそれがどうだったか正直に批評して戴きたいものだ。

果たして私はラモンに食われてしまうだろうか。
あの超絶コンパスと並んで遜色が出てしまうだろうか。

男がどんなに素晴らしくても女の振りとは比較ができないのではないかな、と思っている。
間違っていたら猛反省して一から出直すまでだ。

一日が瞬時に終わってしまう。
稽古した後にその四倍くらいの時間を当てて研究したり明日に備えているだけで今の時間になってしまう。
あれは良くない、これもまずい、
あそこも不出来だ
もっと何か別の方向はないか?
ああ、ああ、ああーーーーー
一日こればっかり。

上手く出来た気になっていてもビデオを見ると途端にしおれる.........
今まで自分は一体何をやって来たのかな、トーシロだぜ、て呟く。

明日も又来る、憂鬱だ。



●2004年01月07日(水)

不眠

どうしても眠れなくて起きてきてしまった。
昼間の稽古がずっと気になっている。
これからスタジオに降りて又、稽古しようと思っている。
こんな風に頭が踊り一色というかリズムではちきれそうになっていると、絶対に眠れないで朝が来てしまう。
起きた方がましなのだ。

昔誰だったか、ホセ・ガルバンがある時、振り付けに産みの苦しみだったと言っていた。
あんなに年季の人でもこうなのかと、それが分かっただけでも一生自分は反省して暮らせると納得していた。
ホセというのはフラメンコ歴がおそらく50年くらいだ。
それでも苦しむ時は苦しむ。

私はいつでも苦しんでいるが、踊りというのは本当に細部の呼吸までおろそかにできない。
今、一番のクライマックスから振り付けに入っているがラモンと微妙に取り方が違う。
同じ足、同じ振りでも私のアクセントと別の出し方をして決して譲らない。
彼の方が難しくて優れていることが往々にしてある。(男の足だもの)
良く似た振りはアクセントを換えるのがとても困難だ。ほとんど歩行困難というくらいの苦しみに溺れる。

彼は、兆速のコンパスの〆で、五回転ピルエットを涼やかに決めるけれど
その兆速五回転の合間に、五個のコントラを上げている方の足先で入れる。
もう、やっていられない、ていう感じだ。
凄い男性は沢山見ているけれど、こんなのは見た事がない。

物凄く頑固で振り付けでも本当に譲らない。
あんまり頑固で好感が持てるくらいだ。

一昨日に舞台の全シーンの絵コンテをざっとデッサンして見せたら、ひどく感心してくれた。
私のことも才能あるって思ったかな!!
これで稽古の敵討てたか?というくらいに気に入っていた。
ショックというくらいだったかもと、うぬぼれたくらいだ。
じっと見つめて全部メモに取り始めた。
ギタリストに説明して作曲を急がせると言い出した。

急がせた挙句にもう明日、呼んでしまうのだ。ここから三時間の他県に住んでいる人を
泊りがけで10日もこっちに引っ張る。(まだいらないってばーーーー少し一人にしてーーー)
まだ二人で振り付け始めて4日しか経っていない。
それなのにほとんど半分は上がってしまっている。
何故か。
振付けた途端に本番と同じ精度で即、できることを要求するのだ。
だからもう、死に物狂いだ。
私は自分では振り付けがとても早いと自負しているがそれの上を行く早さなのだ。
朝もきちっと来て、本当に熱心だ。私より熱心かもしれない。
家に帰っても考えているらしい。
こんなに真剣になってくれるとは思わなかった。(少し手を抜いてくれると嬉しいかもしれない)

ああ、ギタリストがもう来る。
憂鬱だ。
明日は私のソロパートの最も難しい部分を振付けないといけない。
あんまりピッチが早いのでまだ作っていないのだ。
これは生涯で最も難しいパートになる筈なのだ。やったこともないくらいのを自分の頭の中で描いている。
いつ、やりたいと初めて思ったかというと、17歳の年なのだ。
私というのは本当に気が長く、ずうっと時期が来るのが待てる性格なのだ。
今までのどの時点でもこれはまだ踊れる時期ではなかった。
もう、やれるだろうかと思っている。
でも、明日いきなりだ。
ああ、辛い。これから稽古場に降りる。
でも明日は七時から起きて、彼らが来る前に三時間はやる。
それでもまだ心配だ。

準備できていないというのは私には本当に苦しい。
もの凄く辛くてのた打ち回っていても、必ずもう一人の冷酷な自分がそれを見ていて
そうそう、そういうのが大事なのよ。本気で苦しむのがね、あなたには!て、言うのだ。
この嫌なヤツは、思い出す限りいっつも私につきまとって離れないのだ。




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