●2005年03月31日（木）

油断のならない日曜日

先週、ノエリアのお供をして次女のタマーラが
水泳チームのガーデンパーティについていった。

帰ってきて言うには
「この第二ノエリアは誰だ？」
めざとくコーチが詰問。
二人は瓜二つなのだそうだ。
ちなみに私の子供の頃の写真もこの二人と瓜二つだ。

「君は、今度うちで水泳を始めるそうだね！」
とまで言われたらしい。

この辺のスカウトせりふの妙味は、いかにもスペイン人らしい。
笑ってしまった。
「いいえ、私は新体操の選手なんです」
「ふむふむ、でも水泳に切り替えるそうじゃないか。期待しているよ！！」

毎回誰かの記録に迫るか、新記録を打ち立てる選手が二倍になったらコーチは嬉しくてたまらない。
なんとしても新体操から転向させたいのは、案外本音だ。

新体操だって結構嫌なのに、水泳なんかに二人も取られてはたまらない。父親がこの娘も水泳の選手にしようといつもねらっていたのを死守したのだ。

ノエリは三歳から２５メートルが泳げたが、この新体操娘は二歳でもう泳いでいた。だからこの子も水泳は相当やれるだろうというのは私の密かな分析だ。

母親が、どんなに密やかに胸にしまっていても
プロはバーベキューの焼ける間に見抜いてしまう。
まるで人さらいのようだ。

何の休みもなく、ひたすら水の中で戦っているような息苦しい娘は一人でも多い。二人になったらどこかに亡命してしまう。

●2005年03月21日（月）

いよいよセマナ・サンタの幕開けだ。
一週間社会の機能がはたと止まってしまう。
その後はフェリアだ。
この時期にいつも急ぎの仕事を抱えていて難儀してしまう。
ああ、何年暮らしても遊ぶ側の人間になってこれらを楽しめない。どこに居ても勤勉なる日本人だ。

うちの家族はこれはもう、押されたらく印だな、と思う。

連休だって言うと訓練が増えて、大事な大会がこれでもかと設定されているのが水泳と新体操だ。

普段学業を二次にできない分、カタキのように連休はダブル訓練に入る。
今朝も水泳娘は一番で起きて出て行った。
九時から昼食をはさんで六時までびっしり訓練だそうだ。

この週末は、遠くカサレスという北部の地方で決戦していた
次女のタマーラが新体操で一位の表彰台に上った。

私はこれは行きたかった。
本当に見に行きたかったのだけれど、長女がセビージャで水泳の大会だったので、断念。

前日の晩から遠征するのも大変だけれど、土曜の晩の夜の１０時に結果を聞こうと電話すると
まだ体育館で、これから表彰式だと言われたのには呆れた。

金曜の晩遅くまで移動、土曜日の朝も早くから訓練、本番で
夜の１０時って本当に疲労困憊ですよ。翌日にまた移動。
選手は旅人でもある。

二人しかいない親は一人ずつそれぞれにつかないといけなかった。親戚がいたらなぁ、と思う。

上の娘を一人で置いて行こうかと思ったのだけれど、毎週のように泥棒が入る地区ではとても心配でできない。

それに朝に試合、午後に試合、の選手には中間で栄養と休息の適切ですばやいケアーが必要なのだ。
それから励ましも。

ノエリア、あと一秒の１０分の２の差で１５年破られていない誰かの記録を敗る所だったそう。
本人はしきりに悔しがる。
非情な母は、「一秒の１０分の２ってすっごくちょっとじやないの。なんであとちょっと手を伸ばさなかった？」とからかう。

スポーツ誌に写真入りでまた記事が出る。
ガソリンスタンドのおじ様がチョコレートをおまけしてくれたそう。北島康介が買いに行くコロッケ屋さんみたいに、おじ様は親切らしい。

そのごたごたの晩にタマーラ帰還。
みんなでビデオにかじりついて演技を見る。

大胆で難しい演技と技を１０点満点でこなした、と電話で連絡が入っていたけれど、画像を追いながら
本人がここで危うかった、ここでボールがそれそうだった、ここですべるところだったと解説する。

うん、うん、と聞きながらそれにしても子供の上達の早さっていうのは凄いと感心する。
このスポーツに入ってまだやっと二年なのだ。それでもうほとんど全ての事はできる。

ボールで何か難しい事をしながらルルベのままの片足で床までプリエ、なんていう至難の技を涼やかにやる。
そのまま二回転ピルエットに入るところなんか夢のようだ。

大胆でコケットリーな振りをちゃんとコケティッシュに表情豊かにやっている。

こういうのは日本の子供にはまず、滅多にやれないのだけれど、うちの子供はスペイン育ちだからやれるのか？
私の子供だからやれるのか、よく分からない。
もう一人舞踊をやる娘が欲しいなと、又思う。

遅くまで技の研究とノエリアの「早いプール」についての抗議で
結構得るところのあった私です。何かに取り入れたいな、と考えることしきり。

●2005年03月15日（火）

コーチの力

水泳娘が、今のクラブに引き抜かれてまだ間もない。
このクラブでは娘が八才のデビューの時からずっと目をつけてきたというから凄い。

昨年のスペイン選手権では、自分の元コーチは娘に帯同しておきながらパルセローナで忽然と消え去り（観光か？）娘をたった一人、大会に置き去りにした。

それを今のクラブのコーチが全員で励まし、サポートし、
全選手が娘の記録発表が終わるまで引き上げずに応援したという。
いわばライバルチーム全員とコーチにサポートされた。

これがきっかけで、もうあんなコーチは見限ってこっちに移籍したらどうだという話が再度持ち上がったのだ。三年越しの本格ラブコールだ。
いざ移籍するとなると元のクラブでは奨学生だったから解約などの手続きが難儀だった。虎の子選手が抜けてしまって、１９３１年創立の栄えあるクラブは以降、主な選手権から脱落の憂き目をたどっているらしい。

なんでこういうことする？
分からない。元コーチだ。自分の首もあぶなくなるだろうに。

こっちに移ってからは、主な大会で新記録を目白押しに出すので
新コーチ達は人目もはばからずに「うちの超保護付き娘」と呼ぶと言う。
今年はルクセンブルグの大会に出したい意向なのだそうだ。

こんな風に力を入れられると、めきめき伸びるものなのだな、と思う。一秒とか二秒でなく。八秒だの七秒という縮め方だ。

私も水泳のコーチングから学ぶものが少なくない。
今年のフラメンコのカリキュラムを練り直しているところだ。
短時間で上達するプログラムというのに最近、試行錯誤している。中だるみの中レベルをどうやって打開させるかな、というのも課題だ。

ちなみに、
クラブでは学業成績表の提出も義務付けている。
親が成績の悪さに、ついに水泳をやめさせる決心を固める前に先手を打ってコントロールするためだ。

ノエリア、学業大分怪しくなり、ついに昨日より塾通いが加わる。水泳の隣で水泳の時間までみっちり教科を見てもらう。

なんだか息苦しい。
ついに寸暇もない毎日になってしまった。昼ごはんの二時間だけが水泳と勉強でない時間で、あとは夜の１１：００過ぎまで帰れない。

こういう青春も有りかな、とあまり肯定的でない気分で思うこの頃だ。
もうすぐ１５歳。私のか細い１５の時の写真とは似ていない娘が
すぐ傍を駆け抜けて行く。

●2005年03月14日（月）

帰還

　バルセローナの娘から電話がかかった夜は、
４００メートル個人メドレーでスペイン七位の成績を上げたと
いう喜びの声が第一声だった。
八秒も記録を更新したというのだもの。
コーチは大喜びで大変な騒ぎだという。

まあ凄い！！おめでとう！！と応答しているうちに「あなたを誇りに思うわ」というセンチメンタルでウエットなせりふを言い忘れてしまった。

夕べ１２時近くに帰宅して
疲れ果てた様子だったけれど
今度の試合でも学校を欠席している。

明日は絶対に行かないと駄目、と釘刺した。
でも著しい疲労の後が見えて、それにこんなに遅くて無理な注文だなと思いはした。
今朝も留年だけは絶対に許さないとベッドの脇でとどめを刺したけれど、時間割ははなから体育だと言う。
おお、体育！！
この上何か体操が必要か！？

無理やり起こしての結果は、本日は教師のストで
授業無しという。
まったく．．．．

学校とか勉強とか、読書とか日本語学習を強いるたびに
本当にそんなに大事だろうかと言う疑問が私の胸をかすめる。

私はティーンの頃は相当に勉強したし、手に落ちる本はことごとく読んだけれど、だからどうだというのだ、と今となっては思う。
あれらが何か特別な意味を持って人生に益しているだろうか．．．本当に困惑する。分からない事だらけだ。

　今週末は下の新体操娘が、スペイン選手権を戦う。

衣装の最終点検を任されていて辛い。
こんなのは衣装屋がやって欲しいと思うけれど、私抜きで通すと結果がいつも悪いのはみんなの目に明らかだと言われてしまう。

フラメンコで培ったセンスと経験は、衣装屋に勝るらしい。
けれども衣装屋には、勝たせたいという気持ちがなく、私にはそれこそが絶対だというのが、差なのかもしれない。

実際、新体操の衣装というのは本当に手が込んでいて
とても利益に繋がらないほどの手仕事だ。

あんなに小さい面にびっしりと意匠が凝らされていてスパンコールがうずまっていないといけないのだもの。
しかも何百人と出て来る選手の誰の物とも似ていてはいけない。

この製作に私は毎年三回は関わる。
どんなにお金がかかっても、誰かにやって欲しいとさえ思ってしまう。そのくらいに面倒で辟易とする。

ああ、フラメンコの衣装はカンタンだ！！素晴らしい。

今から七月まで、選手権に次ぐ選手権で息する間もない。
なんとなく家の空気が緊張していて気が休まらない。

こういう人生を、私はあの、読書三昧だった１０代に思い描きもしなかった。人の運命の不思議さよ．．．．

今までだってこの奇怪さなのだもの、更に先は全然思い描けない。
知っているのは稽古だけが変わらずにあるというだけかな。
これだけは、あって良かった、戦って価値があったと確信できる唯一の事だ。

あとの何物も、私の人生に長く横たわっていた学業も
その是非に確信が持てない。

それだけは確かだ。

●2005年03月10日（木）

選手権　
　
　日本から帰ってすれ違いで長女がバルセローナに飛び立って行った。スペイン選手権出場のためだ。
一日一緒に過ごしただけで、何だか寂しい。

週末だけでもバルセローナに飛んで、活躍ぶりを見たいな、と思ったけれど、やっぱりこちらに帰るなり電話が鳴り止まない。
たまった仕事がとても片付きそうにない。

最近、選手の娘達に教えられる事が多い。

水泳のノエリアは、毎日のことなのに訓練の時間が近づくとどんどん無口になって行く。
クラブに着く頃には少し顔が青ざめているのだ。
毎日なのに日々の訓練の緊張をこのように募らせる。

今頃はもうバルセローナのあの、世界水泳があったプールに飛び込んでいる筈だ。北島康介、グランハケット活躍のプールだ。
バルセローナのこのプールは、「水が早い」のだそうだ。
舞台と同じで、プールごとに特徴があるらしい。

今週が長女で、来週は次女のタマーラがポルトガルに近い
カサレスでアンダルシア選手権を戦う。
こっちは新体操だ。

非常に息を苦しそうに、風邪引きで訓練に入っている。
毎日四時間の特訓なのだそうだ。
厳寒の二月から三月にかけて、あの壁のない体育館の辛さと言ったらない。本当に体に悪い。
「ママは、見に来てくれるの？」と遠慮がちに聞かれた。
来週は行かないといけないだろうと思う。

帰っても、家族がこんな風に試合で緊張しているので
なんとなく気が抜けない。

オリンピックプールの飛び込み台に立つ瞬間というのは
舞台の袖より怖い気がする。

体育館のだだっぴろい中で、たった一人で審査員の前に進んで
演技に入る新体操の恐ろしさも、舞台の袖よりずっと嫌だ。

二人は寡黙に、日々きりりとした顔で訓練に出て行く。

私は、母だけれど、襟をただす思いがいつもする。
スポーツの世界に生きる人には、いつも畏敬の念がある。
あっという間についてしまう勝負にかける日々の努力の前には、母と言えど心からの尊敬の気持ちが起こるのだ。

今夜電話がかかったら言ってやろう
「あなたを誇りに思っているわ」と。
真面目ないい娘だと思うって。

きっと言わないと。

小言の方がずっと多いのだもの、いつも。