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2009年06月のセビリア発信・つれづれ草
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●2009年06月30日(火)

ケリーに再会

私のわくわくスペインを読んで下さった方には思い出していただけると思うのですが、ケリーというアメリカ人の友人が当時、セビージャに居ました。

彼女は米国の有名大学で政治科学と訳すのでしょうか
ポリティカルサイエンスを専行して、日本とスペインで学び、
私が知り合った90年前後には私の長女より半年早く生まれていた
赤ちゃんの母親でした。まだ確か25歳くらい。
私がケリーに出会った時は、私は長女がお腹に居た大きなお腹の妊婦でした。出産の先輩として色々アドバイスをしてくれましたが
私達はお互いに英語と日本語を復習する目的で、つまり交換教授をしようというので週に何回か会って勉強もしていました。

ケリーは 結婚に敗れて本国に帰るのが この赤ちゃんが五歳前後だった時で、つまり私達はその長い期間、良い友人であり続けました。
私には彼女のとても辛い、苦しい結婚生活が分かっていたので
最後にいよいよ子供を連れてアメリカに帰る、その日に幼いノエリを連れて空港に見送った日のことが何度も目の前に浮かんでくる
そういうお別れをしたのでした。

その後、ケリーの子供がなついてしまって、子供に引っ張られる形でデートが始まるという素敵な男性との出会いがあって幸福な結婚をしたところまでを私は後に知りました。丁度タマーラが二歳くらいの頃にケリーが次男の赤ちゃんを連れてセビージャで再会しました。
お互いの無事と子供達の健康を祝いあった賑やかで嬉しい再会でした。

ところがその後です。度重なるお互いの引越しで うっかりした途端に私達はお互いの連絡先を無くしてしまいました。
そうして 残念で失望する辛い気持ちの上に14年の歳月が降り注いでしまいました。

大海に落としてしまった一滴の絵の具のように 私はケリーの消息を広大なアメリカ大陸に無くしてしまったのです。今回の渡米に際してどうしても会いたいと思い続けていたのですが 八方手を尽くしてもう駄目だという時に別のアメリカの友人がグーグルでケリーを見つけてくれたのです。
「彼女はブロンド?」
「スペイン語の教師として出てくるけど。」
「コーネル大学でポリティカルサイエンス専行した?」
もう、こうなるとほぼ間違いがありません。
続く経歴には 日本とスペインに留学とあります
決定的に間違いなく、私のケリーです。

もう、それからはただの一日も待てない焦燥に駆られて
学校に電話し、いにしえの彼方から引っ張りだした英語で伝言を録音しました。
そうして 同じ思いのケリーが時差を配慮して六時起きで電話してくると もう私達は電話が切れてしまうのが怖ろしいような強迫観念に襲われつつ
短時間に慌しく消息を伝え合ったのでした。

まぁ、これが聞けば一筋縄ではない彼女のその後の奮闘の人生だったのです。
長くなるので この素晴らしいケリーの帰国後の奮戦については後日にあらためます。

とにかく私達がこの夏、ボストンに行くと言うと
そこからノエリの大学まで送って行くと言ってききませんでした。
彼女の自宅から車で五時間もかかります。
何度も辞退しましたが 聞きません。
そうしてついに厚意に甘える事とし、ボストン空港でケリーと
あの赤ちゃんだった、今は14歳の男の子と、そうしてノエリとともにかわいがったケリーの長女クリスティーに再会したのでした。

もうもう、みんな立派な美しい子供達に育って
会うなりお互いに打ち解けて話し始め、
私とケリーはすっかり老けて(笑)
本当に有りがたいことだと思いました。

ケリーの運転するバンに総勢6人が乗り込み、
賑やかに大学キャンパスに乗り入れたのでした。
自力で行ける気で居ましたが、ケリーが主張したように
実際大きな複雑な空港から行けたかどうか分からないくらいでた。
雨まで降ってきたし、日本やスペインと違うから一歩間違えると大変なのだとケリーが言ったとおりでした。

みんなでその晩はキャンパス内のホテルに宿泊するほどの手厚い送迎で
でも確かにそれは必要でした。

往復10時間もかけてケリーはとりあえずノエリの入寮まで見届けて
くれました。教師だけあって色々と心配してくれて
担当の学部長にも質問してくれていました。
突然に彼女の徹底した性格を思い出した私です。

積もる話はダイジェスト版で片付けて
次はNYで会おうと約束して別れました。
いつまでも立ち去りがたくているケリー達でした。

美しい素晴らしい再会が出来て、まずまずの滑り出しだったのです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
年季の入った若い頃の友情ほど嬉しい物はないですね。

では、皆さん 今日も素晴らしい一日でありますように。
私はこれからちょっと復習してクラスに向かいます

●2009年06月29日(月)

HIP HOP

ダンススタジオの入り口の大画面にここ数日ずっとマイケルジャクソンが流れっぱなしなので 相当ここではご贔屓なのかなと
軽く考えていたら、昨日長女が電話でマイケルが亡くなったのだと言う。まぁ ここに来てからニュースも見ていなかったので
驚いてしまった。

これから解剖だと言うので詳細は分からないけれど
イギリス公演が組まれていてファンは騒然としていることだろう。

それにしても こんなに病気が重いとは知らなかった。
鎮痛剤のためのショック死とも伝えられているけれど
若くして一気に半分引退のようになっていて どうしてなのかなと思っていたのだけれど 私は熱烈なファンではないから周辺を取り巻くゴシップには無関心でいた。
娘が時々教えてくれることに ふうん、とか あらま、と言う程度だ。
ブライトニー・スピアーズと同様で どれが本当なのか分からないああいうスターのゴシップは教えられれば聴く程度だ。

私が彼の為に良かったと思った唯一のことは あの往年の大女優のエリザベス・テイラーが親しくしていたという その一事だ。

子役からずっとスターダムを登りつめた彼女には共通した思いや
親の問題、痛みがあっただろうし、何より あの、カシオギと一緒に写真に写るのを嫌がった彼女が、裁判沙汰の不名誉にまみれたマイケルとの友情を全うしたらしいことは 嬉しい。
私には リズが支持するのだからマイケルのスキャンダルは話半分だろうと思うところがあった。
それにあの妹!!

兄のスキャンダルをテレビに出てきて暴き立てる身内。
貧困家庭の稼ぎ頭としてマイケルがその幼少時の全てを家族に捧げたから あの妹は今日人がましくしていられるのではないのか。

この辺りだけでも なんだかめちゃめちゃになった彼の後半の人生がしごくまっとうに同情に値するとうっすらと考える私です。

知り合いのあるギタリストが マイケルジャクソンとギターでツアーや録音に参加していたので 色々な話を聞いたのだけれど
プロとして 兎に角、物凄いアイディアを持っていて 静かで頭の良い人だったと伝えてくれていた。そうなんだろうなと思う。

スペインでも あの素晴らしいローラ・フローレスがマイケルジャクソンっていうのは あれは絶対にヒターノの踊りだと言ってさんざんに賞賛していた。ブレリアなんか軽く踊るに違い無いと言っていたし、私もそう信じて疑わない一人だった。
あれは 何処から見てもフラメンコだ。

私がヒップホップ、ジャズファンキーに興味を持ったのも
この不世出の天才のダンスの素晴らしさを見てからだと思う。
あの、ムーンウォーク!!
フレッド・アステアーが感激したという彼の独自性。
たまたま歌手だからダンスが二次的になるけれど
どう考えても一級のダンサーだ。

一枚のCDも持っていないのだけれど アルバムが出たら買おうと思う。
50歳、あまりに早い彼の死だった。
心からご冥福をお祈りしたい。

マンハッタンの朝、これからクラスです。
皆さんには良い一週間でありますように。

●2009年06月26日(金)

ニューヨーク、第一印象

第一印象というのは大事だ。
忘れるとは思えないけれど 慣れてしまう前に書き留めておこう。

非常に肥満している人が多いのが目に飛び込んでくる。
何かの病気を併発しているのかもしれないけれど
日本人三人横につけたように巾のある人をよく見かける。

年配の女性で手足が象のように腫れ上がって思わず目を背けた
そういう人とも割合 すれ違う。

ここの食生活について考える。

お昼時になるとビザをテイクアウトしているビジネスマンや
私の通うスタジオの事務員などがマクドナルドのバーガーをお昼にしているのを見かける。勿論こればかりではないだろうけれど手軽なためか五歩歩くとピザ屋にあたるというくらいに多い。
こういう物を年中食べていると不安だ。

スーパーマーケットも ろくな物が無い。
マンハッタンだから郊外の住宅地とは大いに違うだろうけれど
ここに住んでいる人も大変に多いのだから ここで買い物をする。週に一度郊外に出て買うかもしれないが とにかく毎日には間に合わないからここのスーパーも利用するに違いない。
私が驚くのは 牛、ここに居ないの?
卵、どっかから輸入している?
ハムは国産じゃないの?

つまり その位に高い。ジャムみたいな普通の物でもスペインの八倍くらいする。ビンもお馴染みの、全く同じメーカーなのに。牛乳もここに牛は居ないのかと思うくらいに高い。
勿論日本より高い。
こんなに高いと 通常買い物の時に拘る品質の吟味までとても頭が回らない。第一、選択の余地が無い。種類が無いのだ。

スペインのスーパーの端から端まで一キロはあるだろうというくらいの大きさが懐かしい。何より品数が豊富で多分ほぼ安全で
安い。ここからスペインに行くとみんなタダみたいに安いと驚くに違いない。NYCの一年分の生活費で五年以上暮らせる気がする。

生活の基本の物がこんなに高くて 医療も保険が無いとなると
ここの国に生まれて無事に生き抜くのは難解だ。

アメリカっていうとてつもなく国力がありそうだった国の幻が一気に崩れる思いがした。中東で戦争をし、CIAだのFBIだのなんだかやたらとハイテクの進んだ国のイメージばかりがつきまとうけれど 
首都がこんなに不潔でどうするのだ?
こんな掃き溜めのような地下鉄で何してるのだ?
国民健康保険が無くて何なのだ?
国家の基本はどうなっているのだ?

有名企業のトップになると もう何億何十億という収入があって
どんなにしても使い切れないくらい貰うと聞いている。
こんなに給料をやる必要が無い。
成功者にこんなに余るほどやって 貧困者はもうどうにもならないくらいに貧困というのは 社会が悪すぎる。

日本の税システムでは 絶対にアメリカ型の金持ちが出現しないので 日本はある意味社会主義が温和に実現できている国だと言われている。本当にそうだと思う。
共産主義国家はみんな暴力国家、独裁国家になってしまって破綻しているのだけれど、日本は唯一、真の意味での社会主義がふんわりと実現されているのだと思う。
それなのに日本の、あの崩壊したソ連に傾倒しての社会主義とか
共産主義は 一体、この上に何を標榜しているのかと思う。

選挙が間近に迫っていてとても不安だ。
民主党に政権を渡すと あっという間に外国人参政権が実現してしまい、国籍も投売りになるし 日本を敵視して徹底的に憎悪を植えつけられた国の人達がどっと日本になだれ込んできてきっと国を明け渡す事になりますよ。鳩山さんが首相になるのだけは絶対に阻止しないと日本は今度と言う今度は 崩壊します。
つまり内部から自分で滅ぼしてしまうのです。
気にいらない自民ではあっても ここは是非、マスコミに惑わされずにしっかりと国を守って下さいね。

日本は日本人という教育と道徳心の高いーどんなに落ちぶれたと言われても まだー国民によってこの平和があるのだということを忘れないで下さいね。他の民族は生き馬の目を抜くような、そういう人達です。性善説を信奉する多くの日本人には理解できないような 物凄い民族がどっと日本人になったら やられてしまうのですよ。しっかり目を覚まして欲しいと思いました。

これが私のニューヨークでの第一印象です


●2009年06月25日(木)

ニューヨーク上陸

月曜からダンスレッスンを始めている。
クラシックバレエの素晴らしいダンサーが大勢居るので
キーロフもロイヤルもABTの引退プリンシパルの先生も
よりどりみどりだ。
スタジオが一部ガラス張りになっているので 廊下でいくらでも見学することができる。レッスンの様子を見て更にクラスプランを増やそうと考えることもできる。

クラシックはどこから入会しても困ることは無いけれど
ヒップホップは振り進んでしまっているクラスに入ると
右往左往しているだけで時間が来るので惨めだ。

マイケルジャクソンの振り付けを担当していたという先生に
に習うことにしたけれど、昨日までに進んでいるところは
今日はちょっとやめようねとか言って下さったので
新規の振りだけでクラスが進行したので助かった。
動きが経験として無いものばかりなので結構難しい。
居る間に基礎が身につくのかどうか 検討がつかない。
ま、タマーラにも同じクラスを受けさせているので
後で教えてもらおうなんてずるい考えも少し脳の端に浮かんだりする。
手前味噌で恥ずかしいけれど この新体操娘は振りを取るのが物凄く早くて記憶力が抜群なのだ。
だからクラスでは面倒な録音をしようなんていうせこい事は考えないで楽に没頭できる。

ブレイク無しで一時間半は結構実だくさんで楽しかった。
生徒も上手なダンサーがいっぱい居て 刺激的だ。
やっぱりセビージャのダサいヒップホップとは段違いに洗練されていた。先生も沢山居る。朝一番の早いクラスは日本人の女性の先生なのだけれど基礎をしつかりやるらしいので これも取ろうかなと考えている。

ブロードウェイの真ん中にアパートを借りて
スタジオまで何回でも歩いて往復できるようにしたけれど
もう一つ良く似たダンスでは名の通ったスタジオは
地下鉄を三つ乗るだけで着く。
計算どおりだけれど 一つ狂ったのは私はニューヨークの地下鉄には金輪際乗りたくないと思う。
そのおぞましいまでの不潔さと退廃、乗り降りする人達の90%が怖い感じの人達なのだ。勿論娘を一人で乗せられない。
私でも嫌だ。ただの汚いのとは訳が違う。
戦時中の防空壕ですよと言われればそうだと信じてしまうだろう
つまり70年前から一度も掃除せずに埃を貯め放題にしたという有様で 崩れて汚いレンガもむき出しのまま。
列車が出入りするたびに埃が舞い上がり、嗅いだこともないような臭いがする。
とても駄目だ。病気になりそうになる。
生まれてからこの方、こんな凄まじく不潔な所に入った記憶が無い。つまりそのくらいに酷い。
その上に物乞いが車両をめぐってくるって言うんだからかなわない。

よって電車で行くスタジオは ワガノワ式の素敵な先生が居たのだけれど残念だけれど止めにした。どの道一時間半のクラスをびっしり一日取る事もできないのだから
このせっかく至近距離に取ったアパート近くのスタジオに専念することにした。
五つの大きなスタジオであらゆるダンスが一日中繰り広げられている。目まいがしそうだ。

さすがにニョーヨークだけあって朝一のクラスからぎっしり人が入っている。ヨガやストレッチのクラスのようなのまでひしめいている。スタジオ経営は順調らしい 目出度し。

けれどもこのお勤めにも行かないで 朝から来ている人達は何なのかなと思う。
明らかにプロもいるけれど普通のような人も三分の一くらいはいる。レッスン代も結構かさむのに良く頑張るなと人の懐まで心配したりして 笑

良く言われるアメリカの貧富の差だけれど 私は目の当たりにして結構ショック状態だ。
道1本隔てただけで どっと貧民窟みたいになる。
五番街にはティファニーやカルティエ本店があるように
銀座のブランド通りみたいにきれいで華やかでそれなりの人が行き来しているのだけれど ここから道を四本も楯に行くと別世界のようになる。

スペインの素晴らしさは どろどろのジプシーでもかなりいい家に住んでいて、こんなに物凄い雰囲気の所は無い。
日本も素晴らしい。うつろな目をして歩いている人をまずは見かけない。
この何をするにも驚くほどお金のかかる国で
貧乏に生まれついたらどうしたらいいのだ!!!

ニューヨークの暗い反面が突然目に飛び込んできて
私はどっと考えさせられてしまった。

二ヶ月居てどういう感想を持つか分からない。
慣れてしまえるのかな?と疑問だ。
けれども二度と来たい街では無いように思う。
ダンススタジオだけ持って帰れたらどんなにいいかと思うのだけれど。

皆さん良い一日を。
これから朝食を済ませて 朝一クラスに行く私達です。
では~~~~~~

●2009年06月19日(金)

ダンス留学

さてさて 忙しいなんてものじゃないごっちゃごちゃの毎日。
娘も受験が終わりましたが 合格発表が来週ですぐに入学手続きをしないと無効にされてしまいます。

この委任状がもう 公証人にコピーの正当性の証明を出してもらったり まあ 大変なことと言ったら...

下の娘も来学年の手続きが7月の始めだけなので
これまた準備に奔走
娘も40度の中、徒歩にてあちこち。

これからパッキングなのですが 疲れ果ててしまいました。

留守中の仕事の手配とか家の手配とか まあ ちょっと二ヶ月行くだけでここまで苦労かというくらい。
呆れてしまうというか そこへ持って来てキッチンの家具の窓が外れたりしてー新品なのに!−何も今外れなくてもいいでしょう!とぼやく。

これから花や植木の手配もしないといけなくて行くのが嫌になるくらいです。
なんでいつもこんなに忙しくて嘘みたいに大変なのかしらと思います。国内線のコンファームも怪しいし どうなるのかなぁ...

明日、出発なので これにて暫くつれづれはお休みさせてください。もしかして案外更新ができたりするかもしれませんが
数日は 国内を激しく移動するのでできそうにありません。

昔からブロードウェイでダンスを習ってみようと思っていたので
ヒップホップは勿論、モダン、ジャズ、総ざらいして来ようと思います。着くなり慌しくて気持ちが着いていきませんが
メトロポリタン劇場でアメリカンシアターパレエの白鳥湖が一週間、素晴らしいスターで見比べができます。

ダンスレッスンの他に夜のミュージカルと劇場、頑張れるかなと思いますが 頑張って見聞も広げ、初心にかえってダンスの勉強をしてきます。皆さん、どうぞ元気にお過ごしくださいね
更新できるようでしたら 頑張ってみますので時々覗いてみてくださいね

それでは!

●2009年06月17日(水)

大学入試

本日より長女が大学入試で ばたばたしている。
しかし、今朝は心臓がおかしくなりそうだった。
というのも 家から一歩出た途端にものすごい交通渋滞の上に
別の道には警官が出動していて道が閉鎖されているではないか。

掌に汗が吹き出て、心臓がばくばくしました。
本当に一貫の終わりかと思うくらいに六車線の道路は
昆虫のような車でびっしり。

遅刻したら即、失格ですから
ああ、なんでもっと早くに出なかっただろう
読みの浅さに後悔先に立たず、
喉はカラカラ....

試験12分前にやっと 娘を下ろして疲労困憊でした。
今日から三日間ぶっ通しの試験ですから
明日はもっと早くに家を出ないと 幸運の女神が二度微笑んでくれないと肝に銘じました。

いやーーーーー 一時はどうなる事かと思いました。
本当に駄目かと思いましたよ 
こういう絶体絶命感の精神と肉体に及ぼす打撃は
朝の七時半には 相当堪えますね。

大学入試が四時間半っていうのも凄いなぁと思いました。
一教科一時間半ずつです。本日三教科。
全部で七か八教科やります。

子供を育てつつ、スペイン教育事情が分かってきたのですが
私はここに生まれていたら中学で何回も数学の為に落第したのではないかと思います。高校も卒業できなかったのでは?とすら思います。理数系の教科の厳しさと言ったらないです。
合格ラインに行かないとあっさり落とされるので
中学でドロップアウトする人も沢山います。

高校を卒業するのっていうのは 結構偉いと思いますよ。
ここではとても厳しいですから。
それから参考書やともすると教科書さえ本屋にないですから
日本のように優れたサポートで分かりやすく勉強ができないのです。何につけても ここは当たり前のことが当たり前に目の前に開けて来なくて 辛いものがあります。

さて、娘を送って行くと下の娘が送れない。
この下の子も年度末試験に突入していて遅刻するわけに行かないのです。
スクールバスに乗り遅れずに行こうとすると七時少し過ぎに家をとっとと出ないといけなくて スペインの七時というのは六時くらいの早さなので 中々不憫です。

こうやってごたごたになっているので土曜日はもうアメリカに発たないといけないのに 金曜まで荷造り一つできないでいる私達です。
ああ、北米に留学に来たんだな、ていうのは
きっとマンハッタンの真ん中に立つまで考える暇が無いのではと思います。
私と下の娘は ブロードウェイでダンス留学だというのに
試験、試験で毎日勉強ばかりしている娘達の息苦しい渋面で
押しつぶされて それどころではない、という感じです。

私は私で 留守中の仕事の手配とかインフルの対策とか
税金の申告ー年度末ですからー銀行、弁護士で息もつけないです。
それなのにここ数日 突然気温上昇して40度の灼熱。
ぐったりしてしまいます。

皆さんもお体大切に。

●2009年06月10日(水)

専門

就職難を考えると学部が絞られてくる。
もう何でも好きなものを勉強すればいいといくら言っても
娘はやはり独立の事を真面目に考えると心が揺れるらしい。

歴史が大好きなので歴史を専門にするとどの学部かと
昨日は用紙を見ながら格闘していた。

「ママ、どの歴史専行がいいと思う?」
「どのって何?」
「だから、原始時代とか 中世とか 近代とかに分かれているのよ」
「へえーーーなるほど。そうか でないと総括の大雑把な勉強ばかりになるから ここ!て取り出してそれだけを掘り下げていくのね!」
.....じゃあ やっぱり「近代史」じゃないのかな。
他の時代の事は趣味程度で掘り下げればいいのじゃないかと思う。近代史はそれだけで人間の歴史全部というくらいの膨大な資料があってやるのは大変だけれど より人間の本質とか文化に迫る事ができる。それにジャーナリストにしても政治家にしても
近代史を知らないでなれるものではない。
やっぱり一番やらないといけないのは近代史だと思うのだ。

こう説明すると娘は即座にうなづいて近代史専行に丸を入れた。
「Filologia Inglesaって何?」と又聞く。

「あーーー駄目駄目、あれは何の役にも立たない。授業マンモスだし面白くない。つまらないのに苦労もする。ママはこの学部はタブラオ時代の昼間に聴講生で通ってたんだ。つまらなくて驚いた経験がある。卒業しても何の出口も無し。」この身もふたもない酷評に娘、笑い出す。

それから頻りとまた考えている風で
第一希望を法学部にすると言い出したので たまげてしまった。
あれはしんどい学部なのだ。
大丈夫なんだろうか。

大丈夫よ と答える。
ま、思ったのと違って嫌だったら別の学部を検討して来年やり直せばいいね、と言うと うん、一年のロスくらいなんでもないと答える。 

第一希望 法学部 第二希望 幼児教育=幼稚園の先生になるやつ
第三希望が近代史 こんなばらばらになった。

公立大学の一斉共通試験を受けたら、成績の上位から次々に第一希望が埋まる仕組みになっている。点が取れないと第二以降になる。面白い仕組みなのだ。

さて、法学部が悪くないと思うのは、この国に暮らして行く限り、弁護士のお世話にならないでいられることがない。
日本のように平穏ではないのだ。
だから口は立つに越した事が無い。
弁舌さわやかに論破できなければ 西洋では暮らして行けない。
家族に一人は弁護士が欲しいくらいだ。

口の立つ頼もしいお姉ちゃんになるか
少子化であまり先が無いけど昔からやりたかった幼稚園の先生になるか
近代史家になって何か著作するか

ま、これしか考え付かなかったです 笑
やれやれ...

●2009年06月09日(火)

受験

長女の受験が来週に迫っていて まだどの学部に入るかが決まらない。選挙と同じでこの中から選ばないといけないの?に陥っている。唯一興味が止まない HISTORIA De ARTE アートの歴史と研究の学部に入りたいと思っていたところ、この学部は近い将来無くなるらしいと聞きつけて来た。

少子化やヨーロッパ統合システムによって多くの学部が整理されて来ている。スペインの文系の学生は卒業後に就職できないので
希望が削がれてしまっている状態だ。
商科と経済ならまだ就職がありそうだけれど
好きでもない学部に入っても卒業が厳しい。挙句にやっと就職できたとしても銀行だよ、と言われれば高校生にも夢が持てない。
何しろ人員削減で 髪振り乱した銀行員は 支店に三人ほどが疲れた表情で働いている。この光景を見て勇んで経済学部に入ろうと思う文系の女の子も珍しいだろうと思う。

大学ともなると その先にある就職を意識せずにはいられないので 逆にもうどうしていいかわからなくなる若い人達でいっぱいだ。ついに思いあぐねて心理学部に入ったりする。

日本でも楽ではないだろうけれど ここの片手で足りてしまう職業選択の無さも絶望的だ。
コーヒー店でもやる?みたいな話に流れる。

娘は先週辺りから、「全く就職できないらしい」ジャーナリズム学部に入ろうとしている。
新聞なんて間もなく潰れるよーーーと言うと
じゃあ どこに入ればいいの!?ときつめの声が返ってくる。

もうどうせ就職できないのだから 好きな勉強をすればいいわよ。簿記を少しとパソコンも操れるようになっていて、英語しっかりやればなんとかなる。こんな曖昧な答え。

私がうっすらと思っているのは、武器としては語学かなというところだ。母国に匹敵する彼女のスペイン語、少し漢字で苦労しても物になるだろう日本語、あとは英語をしっかりやるのに私達日本人ほどには苦労しないだろうと思うのだ。酷似しているスペイン語が母国語なら英語なんざ親戚の方言くらいに簡単だからだ。
三つの言語を引っさげていれば 別にあとは専門が何でもいいのではいかと思うのだ。
最後は三ヶ国語が武器なのでは?と思うのだ。

本当にはこの夏からもうずうっとアメリカに留学させたい。
18歳と言えども 人として一人前になるのはいつのことかと思う頼りなさがある。学業がまだ続くのなら、一人で生活して世の中に生きるという事がどんなことなのか もう感じて成長して欲しいからだ。自宅に居てガスも水もシャンプーもみんなタダのような錯覚のまま勉強だけする大人になって欲しく無い。
独り立ちするのは もう、今なのではないかと私は日々、その感じを強くしている。
胸の奥に少しの痛みを感じつつ、もう独り立ちさせなくては、と思うのだ。
私の忠告は 既に意味を成さなくなっている気がしてならない。
自分でつまづきつつ 感じて得て行かなくてはこの先はもう駄目だと思う。

最近、自分がこの年にどうだったかを頻りと考える。
何のことはないように思って来たけれど
日本の子供はお年玉を自分で銀行に預けたりして金銭について早くから学ぶ気がする。少なくとも私の育った時代はそうだった。
それから母親が過保護とは程遠かったので入学の願書から手続きから何から何までいつも自分でやらされていた。

13歳から短大入学の直前までやっていたモデルの仕事で
私は自分の学費は短大まで全部自分で賄ったし、多分中学の後半から半分自立していることで責任とか自信とかが少しは備わっていたのかもしれないと今になって思う。
あの頃はぼうっとしていたような気がするのだけれど
多分、大局から見ると随分役に立っていたのではないかなと 今になれば そのように映る。

いつまでもだらだらと安易に親がかりなのは本当に人としての才能すら鈍くすると思うのだ。

18歳、十分独り立ちの時期に来ていると思う。

●2009年06月07日(日)

最近読んだ本をご参考までに


櫻井よしこの著書

何があっても大丈夫:櫻井さんという人格の成立を知りたくて読みました。すらすら読める本です。ご両親が興味深いです。

日本のブラックホール:驚きました。良書
論戦2007 日本よ、勁き国となれ :お勧めの良書です。是非読んで欲しいです。今現在の日本の問題が良く取材してあります


初版 文化人の通信簿 田久保忠衛 古森義久:なるほど、の良書

東中野 修道著:中国があんなに騒ぐのだから少しは殺したのだろうという疑いが消えなくて一冊目を読みました。衝撃を受け、徹底研究をついに全部読んでしまいました。これを土台にしてこれはしっかり勉強してみんな知ろうとしないとご先祖に申し訳ないと思いまして、今日に到ります。

南京虐殺の徹底検証 展転社
再現 南京戦 草思社
南京事件「証拠写真」を検証する草思社
南京事件 国民党極秘文書から読み解く

侵略の世界史  清水馨八郎 祥伝社:素晴らしい本です。これ一冊で色んな事が整理されます。一つしか読みたくない方はまず、これを。明解な論理、良い日本語で書かれていて感動的です。

大東亜戦争への道:絶対に家庭に一冊あるべき力作と思います
大東亜戦争の総括:同上。


これから読む本

新渡戸 稲造 原著, 別冊宝島編集部 編
「「武士道」を原文で読む」
宝島社新書2006年 初版
 
散るぞ悲しき:実は何ヶ月も前から車に置いてあるのですが読み進めないでいます。悲しくて読めないのです。 

佐藤早苗/東條勝子の生涯 A級戦犯の妻として:感動の夫婦愛と東條さんの人柄が驚くべき姿として描かれていました。

祖父東条英機「一切語るなかれ」 岩浪由布子:これから読む本

上坂冬子 ハル・ライシャワー:興味深かったです。

ルーズ・ベネディクト 菊と刀:何で今更?なのですが 気になってもう一度読む本です

韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する 藤岡寛二:これから読む本

つい他人に話したくなる歴史のホント250 山本茂 光文社:平易すぎて少し物足りないですが車に置いてあります 待ち時間にすらすら読める文庫

戦後宰相論 内田健三:これから読む本

=宰相 鈴木貫太郎 小堀桂一郎著:これから読む本

東京裁判の呪ひ―呪縛から日本人を解き放て小堀 桂一郎:
小堀先生は東京裁判の再検証の講義をネットでしています。大変に勉強になりました。著書は全部読破しようと考えているところです。うちの母と同じ昭和八年生まれで、私の母は完全に嗜虐史観にとらわれている普通の日本人、この方は英邁に本質を見抜いてこられた学者として興味深いです。

「主権回復〜本当の終戦記念日は四月二十八日である」小堀先生の対談本

中野孝次 清貧の思想:人に勧められたのですがちょっと読みにくくて後回しになっています。
 


●2009年06月05日(金)

したたかということ

上の娘が食卓の席でこんな事を言う。
去年のクリスマスに親友に貸した洋服や靴、イヤリングがもう夏なのにまだ返してくれない、と。
督促すると「手厳しいのね、完璧主義」
そう反撃してのらくらしているという。

娘は名の通った私立の高校に行っているので
同級生はみんな多少は物の分かった両親に育てられた
割合ぎすぎすしていない家庭のちゃんとしたティーンが主な構成になっている。生き馬の目を抜くような この国にいる階層とはよほど違っているのに、成績抜群の女生徒が こういう論理を
展開する。

今朝聞いたところでは、いよいよ返って来たイヤリングは
すっかり錆ついていたという。
一言くらい相手に言ったのかなと思ったが、呆れてしまって
何も言いたくなかったと娘が答える。
洋服は別の子経由で、つまり許可無しの又貸しで返って来たらしい。

私は スペイン人というのがどういう過程で育って行くのかを
娘達の幼少時代から今日にかけて刻々と観察して来ている。
大人になってからの彼らは 渡航してすぐに見ているわけで
どうやったら最後に こういう割合自分勝手で無責任で
愛情だけは盛んに表現できる優しい、いい加減な人になるのかな、というのが 分からなかったのだけれど 娘を通して
子供から 最後にはここに至るスペイン人を観察できたわけだ。

学歴もあるしっかりした職業を持った家庭の成績の良い、
話せばしっかりした豊富な語彙を持つ女の子でも、こういういい加減な事を平気で親友にやってのける。
うちの娘は 私の目から見ると大分スペイン寄りの常識に感化されているのだけれど やっぱり根が日本家庭なので
いちいち彼らにやられてしまっては 驚いたり傷ついたりしている。

西洋の国の中では これでも親切者の多い、暮らしやすい国のスペインでも 子供の世界でもうこういう現象が見られる。
欧米人の一筋縄で行かない 難しさというのは
話し合えば分かるとか、友愛をもってして説けば
上手く行くという 日本の潔癖な文化で推し量るようなものではない。

新聞を見ると あの開闢以来いいことを一つもしない暴力国家のロシアに金をばら撒き、友愛外交だと言っている甘ちゃんの日本の対外政策に胸がしめつけられる。
およそ日本の大使で どこかの国に行って信念を持って勤め上げるという話を聞いたことがない。
http://www.youtube.com/watch?v=JH737fAawWo
ここでも 学者が警鐘を鳴らしている。

北も南も 話しても全然分からない国に包囲されているというのに何十年経っても金だけばら撒いて仲良くしてもらおうとへつらい、蔑まれて、つけ込まれている日本の姿が映るばかりだ。
外務省は売国奴の巣窟としか思えない。
敵は内部に居るのだとしみじみと思う。

手近なところにいくらでも本があるのに
歴史観を正そうとしないのは 国民の怠慢だ。
本の五、六冊も読めば みんなはっきりと分かるのに、だ。

日本が侵食されて長い。マスコミも政界も長い間に外国勢力の力がどんどん入ってきてやられてしまった。弾を撃つだけが戦争ではないからだ。日本は中国にやられてしまっている。
ロシアにやられてしまっている。

このまま飲み込まれてしまっても どんよりした目でい続けるのだろうか。この期に及んで まだ軍備はいけないという意見が
圧倒的らしい。自衛の軍隊、スパイ防止法、入国管理の強化、憲法改正は もう一刻も待てないはずなのに。

●2009年06月04日(木)

ラジオ

車を運転していると 北朝鮮についての紹介ニュースが耳に飛び込んできた。中々詳しく、どの息子が後継者と目されているかとか、国民生活がどんなであるかなど詳細に語る人がいて、多分この人は入国経験があった数少ないスペイン人のようだった。

日本との関係については
歴史問題で難しい間柄だとあっさり片付けた。

彼らはまるでサイエンスフィクションのような世界に住んでいて
ー世界の本当の姿を知らずに居てーみんなキムジョンユルが世界を動かしているかのごとくの錯覚に生きていて、笑ってしまうが
笑った後ですぐに悲しい気持ちになるような笑いだ。と、こう語っていた。

ここの所 櫻井よしこさんの著作を立て続けに読んでいただけに
もう少し、掘り下げて日本の抱える深刻な問題も話して欲しいと思ったけれど 明らかに情報戦で負けっぱなしの日本については
スペインの知識人ですら知らない。

中国の苛烈極まる侵略を受けているウイグルの指導者は
どうして日本に侵略してもらえなかつたのだろう
ああ日本だったらどんなに嬉しいことだろう
日本の植民地にされれば インフラは整備され
義務教育は徹底され、技術と教育をもたらしてもらえる
恩恵に浴して ウイグルはどんなに幸せだったか知れない
中国なんかに侵略されて辛い 日本に侵略して欲しかったと
そういう言葉を聞いて胸が突かれた。

朝鮮半島は、ロシアに蹂躙され、アメリカに手ひどく扱われ、
何より中国から何百年も虐殺や支配され続けたのに
不思議な事に何の恨みも言わず、
あれほど手厚く扱われた日本を恨みに恨むというのは
本当に日本にとって不幸だと思う。
自国の予算を持って出かけて
大学を建ててくれる国など人類の歴史始まって以来 日本より他にどこにも無い。
ああ、どうして日本はもっと違う国に出て行かなかったのだろう
チベットとかウイグルにしてやれば今日の漫画のような不幸は免れたに違いない。

核開発し、ミサイルをことごとく日本の都市に向けているっていう もうこれは悪夢としか言いようが無い。

世界の性善説を信じて 話し合えと言い、 
戦争はもう二度とないのだからといつもへらへ笑い、
ひたすらやってもいない侵略とか虐殺とか慰安婦を
やすやすと鵜呑みにして何兆円ものODAをばらまき通した結果がこれだなんて。
人が良過ぎて 青ざめる思いだ。

日本の物と金と贖罪意識を最大に利用して
今、原爆がこっちに向けられている。
なんてことかと 思う。

●2009年06月03日(水)

卒業試験

長年 折に触れて書いてきた水泳娘こと長女のノエリが
ここのところずっと卒業試験で苦しんでいたのでこっちも多忙の片目で様子を見ては気もそぞろだった。
本日 合否が張り出されて 沢山の落第が出た中、割合良い成績で逃げ切れたらしいので ほっとした。

日本と違ってばんばん落第させるので 本当にストレスがかかる。

この卒業試験のハイライトというか
一大難関の教科が哲学だった。

教師が実にひねくれたヤツで 
非常に権威をかさに着る傲慢と劣等感が同居したような人物で 試験の問題もとてもひねくれている。

試験範囲として発表したものとは全然別の課題を出して生徒を奈落に叩き込むのが得意だったりする。

今回の試験では この性癖のために落ちるかもしれないと
みんな戦々恐々だったらしい。高校最後の試験。

娘は分厚いニーチェの哲学を何日も準備して臨んだが
試験当日、突然、プラトンを予告も無しに出したという。
顔面蒼白の生徒達。

私立の結構名の通った学校で 生徒も行儀がいい家の子が多いのにも関わらず、一人の女子生徒がぶちきれて 先生を面罵し
スペイン語の語彙中、最高の罵詈雑言でののしって 試験用紙を叩きつけ、
家に帰ってしまったと言う。(Me cago en tu muerto なんていう凄い面罵です)

娘もどんなにそうしたかったか知れないと語る。

たったの二週間後に大学入試が控えているのに
誰一人入試に関係ない哲学のしつこい勉強に足を取られているだけでも辛く、この教科を落としたら入試の資格が無くなってしまうという三重苦のストレスを抱えて いざ試験に臨めば....
 
言ったのと違うプラトンについて書けという。

大人げ無い先生だけれど これは若い子達にかわいそうですよね。

私もキルケゴールの写真は生涯見たくないと思った学生時代を思い出しましたが、ぶちきれた女の子は さすがスペインだと関心しました。
勇気ある。
普通はできない。

これで入試を棒に振ってしまった。
けれども積年の恨み、ここに爆発だったのでしょう。

これが去年 娘の担任だったので本当に苦労しました。
病気欠席して母親がちゃんと届けているのに家に電話をしてきて苦しんでいる娘に向かって仮病を疑うヤツだったのです。

まぁ 世の中にこんな嫌な先公も珍しいと思ったものです。
一度ならず何回もありましたね。
学校で勤勉と認めてもらっている生徒なのに もっと他にやることないの? 
もしかして別の意味でこいつ要注意かも、とまで思いました。

年頃の娘を持つ気苦労が絶えませんでしたね。
さて、プラトンもクリアーできて先公とも縁が切れます。
やれやれ。

あと二週間で3日間に亘る大学入試です。
全教科やるっていうんだから凄い。

下の娘は もしかして今年、無事進級できないかもしれないという修羅場です。
毎日のバレエ学校がきつくて宿題不提出が随分重なっているのでほぼ全教科に亘って評価が悪い。

夏中 勉強して九月の追試をクリアーすれば可能ですが
この夏はNYに舞踊留学させるので学校の不足勉強はさせるわけに行かない。
もう、留年しなさいと宣告したら青ざめるだろうな、とこっちの手配も中々厳しいです。

中学三年で突然教科が増えるので
勉強以外何もしていない子達ですら どっと落第します。
なんてこたぁ 無い。学校の勉強は後でもできる。
プロの踊り手にとっては、バレエは後から出来ない。

まぁ そんなこんなで私本来の仕事の他に家庭がこのように
きりきりしています。

子育ても小さい時なんかは 今に比べたらなんでもなかったですね。保母さんでも誰でも代わりがいくらでもいました。

年頃の娘二人ともなると 母親の目はかっと見開いて
何もかも見通してサポートしないといけなくなります。

親の資質が問われるのは むしろ今なのかもしれないと最近考えます。
生意気な年頃の子を説き伏せるのも 頭が要ります。
たわごとを黙らせるのも 迫力要ります。
気力と体力も最高に整えないと渡り合えないです。

いたいた、こういう教師!ていうのにも
ぶち当たりますし。いやーーーーー大変だ。

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