なんですか、このミーハーの題は！

自分の芸歴と
生徒と舞台に出たときのイメージを考えて
もっとミステリアスな雰囲気作りをすべきだ、
とか、
威厳保て、
みたいな意見が
私のまわりでないわけではないのだけど、
どうしてもこうなってしまう。

だからいつも身近の生徒から、
舞台に出ると別人のようだ、
と言われるのかしら。
舞台のあれが本物の私だ、
と言っても
疑わしそうににやにやしたりする。

普段の私は普段着の私であって
精神の統一とか、
奥の方から涌き出てくるエネルギーの放射が
あるわけではないのだ。

あれも、これも、私だ。

むしろ突き詰めている舞台の方が真実に近い。
普段着、必ずしも全てにあらず。

威厳ねぇ．．．．
そうでなくても先生という立場の人には
何かと近づき難いものだし、
フラメンコという難しいものをやっていたら
せめて心置きなく
なんでも相談できるような
とっつきやすさにしてあげたいじゃない？

それだって内気な人は
なかなか殻を破れずに苦しんでいるもの。
そんな、演出効果としての威厳なぞ、いらないのだ。
芸術家としての威厳など
真の意味ではどんなに隠そうとしても
自然と現れてしまうものなのだし、
できる限りいい教師であろうとしたら
何でもよく噛み砕けるものにしてあげないとね。

みんなが慕って来てくれるので、
更にいい教師になろうと頑張っている。
上手く行っているかどうかはわからないが、
その方向で努力している。

　今、全生徒からアンケートを募集している。
過去何年にもわたるあらゆる生徒が持った
フラメンコへの疑問や質問を総ざらいしている。

私は舞踊へのスタートが比較的早かったので、
一般の生徒が持つ不安とか疑問を
全て通ったわけではない。

苦労した事もあるが、
すんなり行ってしまった事も少なくないからだ。
だから生徒の持つ疑問を取り上げて、
どんな教え方をした方がいいのか、
集中レッスンの方向の見なおしや
充実に役立てたいし、
もっと適切な教え方の研究と
反省の指針にしたい。

　過去に多かった質問のほかに、
最近の生徒から寄せられたものには
思わず頬がゆるむような、
面白い質問も沢山ある。
私の話しに出て来るアーティストの名前が、
聞いてもさっぱりわからないから、
分かりたい！知りたい！教えてー！
というのが沢山ある。
おお、しまった余計な事したばっかりに
アーティスト辞典を
作らないといけなくなりそうだ、と
内心あわてる。

えらい作業だ．．．．．。

　私の書くものの中に、
大勢の有名フラメンコアーティストが
頻繁に出て来るものだから、
ウソなのではないかと
疑われたことがある。
ひどい話しだ。

私はよく、
「スペインでどんな苦労をしたか」と
インタビューされるのだけど、
苦労はむしろ日本でする。
つまり、こういう思いもかけないような
勘ぐりというか、
悪意というか、
そういうものに出会うのは
むしろスペインではないのだ。

　前回の３２話と３１話で、書いている
イスラエルとクリスティーナの話には
実はもっと面白い後日談がある。

　クリスティーナの舞台で唖然とした
翌朝の１０時に
（時間まで記憶しているくらいだ）
当時住んでいたマンションの庭に出て、
昨夜の彼女の舞台の批評を新聞で読んでいた。

勿論、クリスティーナだからといって
手加減しないような
こてんぱんな記事が出ていて、
私はさすがに本人が
これを読んだらどんな気持ちだろうかと
少なからず同情したものだった。
．．．．と、

たたみかけた新聞の上に
人影がさして振り向くと、
そこにクリスティーナ・オヨスが立っていたから、
心臓が飛びあがらんばかりに驚いた。

どうです？すごいでしょう？
私の遭遇する日々って。

　当時私が住んでいたマンションには、
クリスティーナのマネージメントを
一手に引き受けている
彼女の姪が住んでいて、
私は年中クリステイ―ナと顔を合わせていた。

おまけに私が練習に便利なので、
マンションの敷地内に作っていた
自分のスタジオの壁の向こう側は、
クリスティーナの舞踊団の
衣装小物の倉庫になっていた。

なんだか彼女とはあらゆる場面で遭遇するのだ。
今、私が住んでいる丘の上にも
彼女が邸宅を構えていて、
朝に晩にその前を通らずには過ごせないくらいだ。

彼女のごく親しい人から、
普段は
絶対に舞台やフラメンコの話しをしたがらない。
そういう話題になると
努力して別の話しにしてしまう、という
打ち明け話しを聞かされていたので、
私は、この、ものすごい批判の新聞記事を
手に握り締めながら、
クリスティーナを目の前に、
挨拶の言葉に窮した。

頭の中はめまぐるしくソートになっていたけど、
話題にできない内容ばかりで、
歯切れ悪く、
こそっと新聞を脇に落としたりして、
阿呆のようにもぐもぐしているばかりだった。

　次にイスラエル、
なんとあのエッセイを書き上げた翌朝、
所はマカレーナの城壁内、
セビージャでも柄の悪い区画として
有名な細道、
サン・ルイス通りをがたがたがた．．．と
車で入り込んだ途端に
目の前を寝起きという感じの
ヒゲもあたっていない
イスラエル・ガルバンが
横切ろうとしているではないか！

思わずクラクションを鳴らしておどかしてやる。
やぁ、と手を上げてにっこりしたものだから、
窓を明けて
「ねえ、カフカは本当はどうだった？」と
聞きただしたい誘惑に駆られた。
でも、「なんでそんな事聞く？」と言われたら、
「すごい失敗だったんだって？」とは
言えないから困って
何も聞かずに見過ごしてしまった。

起き抜けの人をつかまえて、
道の真中でこんな非常識な質問はできない。

　その日の午後、
イスラエルの父親のホセに
録音スタジオで
ばったり会ってしまった。
私が何も言わないうちから、
「やぁ、ヤツのカフカ見てくれた？」と
上機嫌で聞かれてしまった。

首を横に振ると、
「ナンだ！なんで見なかった！
すっっごい成功で大変だったんだぞ」、と
まくしたてられてしまった。
親子だからって <
br>芸について本当の失敗だったら
ここまで褒めちぎれないのじゃないかと
疑心が湧く。
やっぱり伝聞で書いてはだめだな、
と深く反省。

　セビ―ジャは、人口７０万しかいないのだ。
はじからはじまでだって
１５分で移動できてしまう。
だから毎日必ず、
誰か、アーティストに会わない日はないのだ。

　最近の極めつけは、昨日のことだ。
朝のバレエ・レッスンが終わって、
そそくさと階段を駆け下りてみると、
遠くからでも絶対にバレリーナと分かる
年配の美しい女性と、
どこかで会ったような男性が、
私の知り合いのバレエダンサーと
話し込んでいた。

遠くから私の姿を認めるや、
この二人が、私をじっと目で追うものだから、
あれ、確かどこかで．．．．
あちらは気づいているのか？挨拶すべきか．．．．
はて、誰だったかな、と躊躇しながら
一端は、通り過ぎた。

バレリーナの方は、ピラール・ロペスかな、と
一瞬思ってから、
まさか！と打ち消した。
本物のピラール・ロペスは
もう相当な年だから
あんな初老の美しさは
残っている筈がないのだ。
よく似ているけど、
いづれ有名なバレエ・ダンサーだろうと思って
受け付けの女性に聞いたら
やっぱりそうだった。

キューバ国立バレエの引退ダンサーで
ここで教えているという事だ。
その時、また、もう一人の連れの男性と目が合って
今度こそ、はっとした。

わ、、分かった！やっぱり！！
冷や汗がどっと出て来る。
長い長い年月が逆行して、また戻ってくる。

私の幼い夢や驚嘆や、あらゆる思いが
一挙に胸を去来し、
体ごと過去に連れて行ってしまう。
タイム・トラベラーのように
一人でぐったり
エネルギーを消耗してしまった途端に、
二人が向こうに行きかけた。

ここぞ、と後を追って、
知り合いのバレエ・ダンサーに
もつれる舌で
言いつのる。

「ね、待って！紹介して、お願い！彼に紹介して！」

面食らった私の知り合いは
それでも飲み込みが早く、
二人の後を追って
呼びかけてくれた。

「ホセ・アント二オ！紹介したい人がいるの。
こちらアキコと言って．．．．」

もつれる足をやっと見苦しくなく制御して、
呼吸を整えて、
生意気なサングラスもはずす。
まっすぐ向けられた微笑に、
多分ぎこちなく微笑み返す私。

「ホセ・アント二オ、あれから３０年、経ってしまいました．．．．．！」

ああ、昨日の事をこうやって思い出しただけで
涙が溢れて来そうだ。

昔、昔の感動から始まった
あらゆる思いをどうやって短く
的確に伝えたのか思い出せない。

ホセ・アント二オは驚きの目を見張って
後を引きとってくれた。
「７１年の日本公演だね！」

「ええ、ええ、そうです！あなたは素晴らしかった！
その後のずっと長い年月を
私は追ってきましたよ。
一つも忘れずに。」．．．
なんだか、感動的な沈黙が
二人の間にしばらく流れて、
私はちょっとその沈黙の重さと快さに
言葉が継げなかった。

読者の皆さんには
さっぱり分からない人が多いでしょうが、
私はここで、
ちょっと泣いてしまう。
まさか！
人前ではなく、今、これを書いていて．．．．
こらえきれずに。

おお、ばかばかしい！湿っぽい！と
言われても仕方ない。
本当のことだ。
グラン・アント二オは逝ってしまい、
あのすばらしいヌレエフもマーゴも今はない。

ホセ・アントニオももう、少しも若くないのだ。
踊りという
誠にはかないものについての
畏敬の念と感傷は、
時々私をこんなにする。

　私にもあんないたいけな少女時代があったのか、と
いう程の
今とは別人のような少女の頃、
かわいがられいていた
イエズス会の神父にして
上智大学の教授、
アユカ―ル先生のご招待で、
今は亡きグラン・アント二オの公演に出かけた。
７１年日本公演の事だ。

このスペイン最高の舞踊家の
第一ソリストとして
若きホセ・アントニオは
素晴らしい輝きを放っていた。
ほんの小娘だった私だが、
この人がきっと次代を継ぐ、
スペイン舞踊界の巨人に
なるだろうと直感し、
事実その通りになったのだ。

ホセ･アント二オ．．．．
つい先頃までの、
スペイン国立舞踊団のディレクターにして、
現在アンダルシア舞踊団の総監督だ。

　「色々な思い出話もあるし、
私のＨＰの生徒やファンのために
何か貴重なお話しも伺いたい」、
「是非、喜んで！」と
いう事になった。

さぁ、ここからが困った。

明日はマドリーだと言う
ホセ・アント二オ、
こっちはもうすぐ日本に発つ。

うーん、いつ帰る？
ふーむ、クリスマスはどちらで？
新年の前にはお会いしたいね、
えーと、うーんと．．．．．。
家にお食事にいらして。
．．．
全然決まらないのだ。
お互いの電話やファックスを書き合って、
とにかく次の３０年、
なんて事だけは
絶対になしにしようよね！
という
ホセ・アントニオのジョークで笑って
ひとまずはお別れした。

　みんなのために、
自分のために、
そしてフラメンコの歴史のために、
きっと良い対談を実現させようと思う。

死んでしまった資料でなく、
ホセ・アント二オの肉声で語られる、
珠玉の記録だ。